<まだ22歳。ビジュアルアーティスト兼写真家のリヒ・ブロッシュには、一瞬にして親密性と信頼感を作り出す力がある>

行動力と、一瞬にして親密性と信頼感を作り出す力、それは写真家にとってしばしば最も大きな武器になる。コネクションづくりのことを言っているのではない。作品づくりにおいてだ。

今回紹介するイスラエル人のリヒ・ブロッシュもそんな才を持っている。まだ22歳。17歳の時に、イスラエルの写真界では限界があると感じ、一人でニューヨークに移り住んだビジュアルアーティスト兼写真家である。そのときから既に、ニューヨークの街が孕む熱気と多様性の文化に揉まれて、自分のビジュアル的感覚を新しい世界として昇華していきたいと思っていた、という

ブロッシュとはつい最近、友人のアーティスト、クレイトン・パターソンを通して知り合った。クレイトンが最近足を悪くし、また彼の妻のエルサの認知症が悪化し始めていたため、ブロッシュがちょっとした手伝いを兼ねて、ニューヨークのローワーイーストサイドにあるクレイトンのオフィスに顔を出していたのだ。

第一印象は、そのきゃしゃな体型からか、暗い感じがむしろ漂っていた。だが話し出すと、急に雰囲気が変わっていく。とりわけ、彼女がタイミングよく投げかけてくる、偽りのない好奇心と洞察力が同じコミュニティで生まれ育ったかのような錯覚を与えるのだ。

そうしたコミュニケーション能力を持ったブロッシュの作品は、ポートレート・シリーズ、特に、ブロッシュ自身がよく訪れるナイトクラブなどで撮影されたものに魅力的な作品が多い。大半の被写体は、それがニューヨーク、ロンドン、東京を問わず、その場で知り合った人たちだ。だが既に触れたように、心地良い親密性と信頼感が漂っているのである。

加えて、作品には、自信に満ちた不可思議な緊張感が存在している。そのことも無論、被写体との初対面の関係というところからきている。

とはいえ、被写体の事物が――とりわけ流行りの場所で遊んでいる者たちが――しばしば逆説的なファミリーフォト感覚で放つ、「このポーズ、今日の私、クールでしょう。だから、写真を撮りなよ」といったようなものはほとんどない。むしろ、彼、彼女たちの奥底から自発的に発生したものだ。それを、偽りのない自信としてブロッシュは切り取っているのである。

使い捨てカメラで撮影する理由