<日本では「ありがとうの応酬」は普通だが、なぜジョージアではそうではないのか? そこには3つの理由が...>

日本に暮らしていると「ありがとう」という言葉が日常的に飛び交っている。

特別なお願いだけでなく、ささやかな気遣いに対しても、「ありがとう」「いえいえ、こちらこそ」「感謝すべきはこちらのほうです」といった「ありがとうの応酬」が、まるで呼吸のように自然に交わされている。

この日本語の「ありがとう」は、友人同士などカジュアルな場面にも使える。

「ありがたい! 助かる〜」という言い回しは私のお気に入り表現の1つなのだが、相手の行いによって自分が助かったという実感と感謝の気持ちがシンプルかつ自然に伝わる。言われた側も気分がよく、言う側も無理なく感謝を示すことができるとても便利な表現だ。

この「ありがとう」の語源は、古語の「有(あ)り難(がた)し」。文字どおりに解釈すれば「有ることが難しい」、つまり「めったにない」「非常に珍しい」という意味だ。

なかなか出合えない貴重なことに対して使われていた、この言葉はやがて仏教思想と結び付いて広まっていく。他者の善意や助けは当然のことではなく、まさに「有り難いもの」。

そうした価値観が浸透し、感謝を言葉にするという行為が単なるマナーを超えて、社会を円滑に動かす目に見えない潤滑油として機能している。そう思うと、この一言の重みを、改めて意識させられる。

理由は3点
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