東京に住んでいたとき、銭湯がつぶれてしまったのを見ると、とても悲しかった。銭湯は驚くべき速さで数を減らしていった。


 銭湯はそれぞれに個性を持っていると、僕は思っていた。単に堂々たる建物だとか、リラックス空間だとかいうだけではない。銭湯は人々が出会い、交流し、会話する場所だった。


 最近になって知ったのが「境界域」という概念だ。境界域とは、普段の社会的な交流における限界のラインが、いくぶん拡大する場所のこと。銭湯がまさにこれに当たる。いつもなら目を合わせようともしない人々が、言葉を交わし始め、時には知り合いにさえなる(ひょっとして裸でいるせいなのかもしれないが)。


 だから、僕のお気に入りの「2002年版銭湯マップ」を持って銭湯めぐりに出掛けたのに、銭湯があったはずの場所がぽっかり空き地になっていたり、味気ない新築マンションになっていたりすると本当にがっかりしたものだ。

■銭湯とパブは絶滅危惧種?

 イギリスに戻った今、似たような問題に直面している。止めようのない勢いで、パブがどんどんつぶれているのだ。大都市の中心部ではそれほど目立たない。だが、都市部周辺から地方に至るまで、どんどんパブが減っている。理由は2つあると思う。


 第1に、飲酒運転の取締りが厳しくなったこと。これはもちろん、許されざる行為だろう。2つ目の理由は、家で飲んだり、友人を呼んだりするのがトレンドになっているからだ(こっちの方が安く上がるし、格段に進化した家庭用テレビやゲーム機で盛り上がることだってできる)。


 こんなご時勢だから、近所の村の僕のお気に入りのパブが、店主が亡くなったにもかかわらず閉店にならなかったのは、ちょっとした奇跡だった。地元の常連客たちが、醸造所に働きかけて存続させたのだ。それでも、これは「死刑の執行猶予」にすぎないのかもしれない。なんといっても、あの店主の人柄こそが、常連客の集まる理由だったのだから。


 町でもパブは急激に減っている。わが家から歩いて行ける距離にあった、4軒の大きくて立派なパブも営業を停止した。そのうち2軒は「住宅用」として売りに出されている。つまり、普通の住宅に改築されてしまうということだ。


 パブが減っていくのは悲しい。パブは村の生活の基本的な骨組みの一部だし、町においては銭湯のような「境界域」だ。僕がちょっとしたビールおたくで、パブおたくなだけかもしれない。それでも、良いパブがこの国の醸造所の多様性と文化を支えてきた、という僕の意見には大半の人が賛同するだろう。


 パブがなくなってしまったら、小規模なビール醸造所も廃業に追い込まれる(僕のコラムを見てくれている読者ならきっとおぼえているはず。「リアルエール」は瓶詰めにしてはいけない。パブで大樽からポンプで注がなければならないのだ)。

■地元文化の一部が消滅する

 銭湯と同様、パブにも個性がある。ビクトリア様式のパブもあれば、チューダー様式のパブもある(低い天井にオーク材の梁が見えるのがそうだ)。ライブ演奏付きの店もあれば、詩の朗読会など小さなイベントを開催するパブもある。「おじいちゃんたちのパブ」もあれば、家族連れでも入りやすいパブもあり、若い人ばかり集まる店もある。パブが1軒なくなるたびに、地元文化の一部が消えてしまう。


 それでも、いくらか希望もある。多くのパブが最近、レストランに姿を変えている(大抵インド料理のレストランだ)。その中で数軒、パブとレストランが「合体した」店を発見した。パブが調理場をレストランに貸し、お客はバーとレストランのどちらからでも注文ができる。


 これは素晴らしい組み合わせだ。僕はパブで飲むようなおいしいビールをレストランで飲んだことがなかったし、逆にほとんどのパブでは料理は味気ない。1軒の店で、パブ品質のビールと、レストラン品質の食事の両方を味わえるのは魅力的だ。


 こういうタイプの店が、うまく軌道に乗ることを祈っている。とにかく、なんとかして、僕たちのパブを救いたいからだ。