ウクライナの歴史や文化、アイデンティティを守るため

池上 まさに思い出まで破壊されてるということですね。ウクライナは言語で言うと、東部ではロシア語を話す人もいるし、西部ではハンガリー語を話す人もいる。言語でもモザイクのような国です。

イーゴル ウクライナ語は、ソ連の一部になったときも含めてこれまで何度も禁止されてきました。意図的にウクライナ人のアイデンティティを消そうとしていたんです。学術の世界や政府機関で勤めるにはロシア語を話せないとキャリアを立てることができず、その影響でウクライナ語を話す人が減っていきました。ウクライナ語を話すことが恥ずかしいという意識さえありました。それが、2013年のユーロ・マイダン革命で、がらっと国民の意識が変わりました。ウクライナの歴史やウクライナ語、アイデンティティを守るために努力しなければいけないと国民が目覚めたんです。

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2013年にウクライナで起きた市民運動「ユーロ・マイダン」。親ロシア派の政権の崩壊と親欧米の政権設立につながった。「尊厳の革命」とも呼ばれる。写真は首都キーウの独立広場で市民がデモ活動を行う様子。イェブトゥシュク・イーゴルさん撮影

池上 この戦争は、ウクライナの文化をどう守るのか、ウクライナ人としてのアイデンティティを守る戦いでもあるんですね。

イーゴル その通りです。その中で、特に食に興味の高い日本の人々にキーポイントとして強調しているのは、「ウクライナ料理といえば、ボルシチ」だということです。

池上 ボルシチはロシア料理ではない、ウクライナ料理だということですね。実は私も1990年代にキーウの有名な民族料理のレストランに行って、その時にボルシチはウクライナ料理なんだと知りました。

松永 レストランといえば、キーウのレストランのレベルはものすごく高いんです。実は、今キーウをはじめ他の市でも、レストランなどの店は普通に営業しています。もちろん空襲警報があれば避難しますが、ウクライナの人々には、この戦争の中でもできる限り普通の生活をして、ロシアの脅しに屈しないんだという強い意思が見えます。

イーゴル 日常生活の中では、生きているという感覚が持てるのです。今のミサイルがいつでも飛んでくるというのはあり得ない状況でとても危険です。ただそんな中でも、少しでも自分の精神状態を保つためにバリアを作っているのです。

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松永 秀樹(まつなが・ひでき) JICAウクライナ事務所所長。海外経済協力基金(OECF)から国際協力銀行(JBIC)などを経てJICA。エジプト事務所長、世界銀行、中東・欧州部長を経て2024年1月から現職

将来が見えなくても、子どもたちの未来を築くために

池上 イーゴルさんは、今33歳だそうですね。例えばイーゴルさんが40歳になった時、あるいは50歳になった時、何をしているんだろうと思うことがありますか?

イーゴル この戦争で、未来を考えて計画を立てるということができなくなってしまいました。明日は何が起きるか分からないので、今目の前で起きている戦争を止めるために全力を尽くそうって。目の前のタスクをこなしていくだけになっています。多くのウクライナ人もそう話しています。

読み書きできない子たちも