今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔3月14日号掲載〕

 不安──長年、日本に住んできたが、この言葉はよく聞く言葉のベスト5に入るのではないだろうか。最近では、その頻度がさらに増した気がする。

 地震、津波、放射能に始まり、年金、少子化など将来への不安、消費税、円高、TPPなど経済的不安、健康・社会的不安......。国内だけではない。欧米の経済危機、イラン情勢、中国の台頭、ロシアの存在感、韓国やアジアの躍進、北朝鮮の指導者交代など、日本は不安に包囲された「不安列島」といえる。

 ニューヨークの広告代理店J・ウォルター・トンプソンの09年の調査でも、「現在、不安がある」と答えた日本人は約90%と調査対象11カ国の中で最も多く、主要な先進国を大きく上回った。

 スポーツの世界でも不安はお決まりの文句だ。特に、メジャーリーグに挑戦するプロ野球選手など世界を相手に戦うアスリートに「不安はないですか?」と聞く定番の質問。これほどなめた質問はないと思う。一流の選手が「不安です」と答えるはずがないだろう!

 何でも不安に変えてしまうエネルギーには脱帽だ。不安材料という表現も日本語ならでは。日本人は実は不安が好きなのではとさえ思えてくる。「不安」と口にすることで、「安心」するのかもしれない。もちろん、その慎重さや用意周到さこそ、世界が称賛する日本人の大崩れしない底力ともいえるのだが。

 しかし、この不安で得をしている人たちがいる。テレビなど主要メディアは、不安を商売にしている典型的な例だ。不安をあおることで、視聴率や部数を稼げる。「緊迫する朝鮮半島情勢」と言うが、当の韓国人は平気な場合が多い。人々が不安にクギ付けになるほど、メディアは安泰というわけだ。

 もう1人、蔓延する不安というウイルスの最大の受益者は橋下徹大阪市長だろう。テレビ番組でそのバラエティーの才能を開花させていた当時の橋下弁護士を見て、たった数年後に首相候補のダントツ1位になるとは、本人も含めて誰も想像できなかっただろう。

■最初から「安」なんてない

 橋下氏の行動力と人間力、政治に対する真摯な姿勢は確かに期待を持たせるものがある。しかし、彼が政治家としてここまで注目される背景には、人々の不安をうまく利用してきた側面もある。

 彼を救世主扱いするムードこそ、僕からすれば不安だ。メディアによって作られた「小泉劇場」を早くも忘れてしまったのか。不安という要素を取り除けば、橋下氏に対する見方も変わるはずだ。

 明治時代にロマンを感じる日本人は多いが、「西洋の衝撃」や「対露恐怖症」という不安から帝国主義と戦争への道を歩んだ歴史を想起すべきだろう。吉田茂は、「大変だ、大変だと言って軍国主義に走った」戦前の歴史を教訓に、経済外交と平和主義を戦後日本の礎にした。

 人生に不安は付き物だ。逆に、そもそも「安」なんてないという「無安」「非安」の発想が必要だ。「安」ではないからこそチャンスなのであり、先が読めないからこそ未来なのだ。

 不安に打ち勝つには不安の正体を見極めることが重要だ。自分に自信が持てず、自立していないから不安なのだ。そこで、強そうな者に運命を委ねたくなるが、他力本願では本質的な解決にならない。それならいっそ不安の原因になっている「不満」を表出するほうがポジティブだろう。それに不安は世界に伝染し肥大化する。まだまだ恵まれている日本が、その発生源にならないことを祈るばかりだ。

 震災から1年、日本人は十分不安の中で生きてきた。せっかく生き永らえているのに、不安に怯えて生きるのはあまりにもったいない。もうすぐ春だ。不安という名の冬眠から目を覚まそう。でも不安がなくなったら、今度は不安がないこと自体が不安になったりして。