盆地全体に広がる観測網が存在した?

エスクラ氏はまた、メキシコ盆地にまたがるより広大な天体観測システムが存在したとも指摘している。アステカ文明によって築かれた複数の遺跡から観測すると、特定日の日の出が、遠方に広がる山並みのなかの特徴的なポイントに合致するという。

たとえば、現在のメキシコシティから東方に広がる山並みのなかに、「眠る女性」と呼ばれている一角がある。なだらかに続く山脈が、ちょうど寝そべった人の頭や胸などのシルエットに見えることから名付けられた。

アステカ文明の大神殿であるテンプロ・マヨールは、古代のメキシカ人たちの興味も引いたであろうこの「眠る女性」の頭の部分と、冬至の日の出がほぼ一致する位置関係に建設されているという。

また、春分の日の出は、トラロク山の山頂と正確に一致するようだ。春分の日は年間を通じて最も乾燥する時期だが、この訪れを告げるトラロク山はそれに呼応するかのように、水と豊穣を司るトラロク神の名前から命名されている。

このようにメキシコ盆地の天文学者たちは、遠くの山並みを基準にした「地平線カレンダー」を活用し、一年のうち重要な特定日を把握していた可能性があるようだ。農業の安定的な運営に大きく貢献していたことだろう。

科学ニュースサイトのサイエンス・アラートは今回の発見を取り上げ、「科学者たちによると、アステカは太陽と山を利用して数百万人を養っていた」として報じている。

古代農業の研究者が考古学的のフィールドで活躍

エスクラ氏が遺跡と太陽との関係を見出せたのは、氏が出生地であるメキシコの農業に着目していたためだ。

エスクラ氏は同校で生態学を専門としているほか、出身地であるメキシコのコーン栽培の歴史を研究している農業のエキスパートでもある。考古学の専門家ではない氏が遺跡の謎を解き明かすというめずらしい出来事となった。

本発見を伝える米メディアのヴァイスは、「エセキエル・エスクラは、考古学者ではない」と述べ、専門外の発見であると強調している。

共同著者として、気候変動を研究する娘のパウラ・エスクラ氏、および、友人であり遺跡のドローン撮影を担当したフォトグラファーのベン・マイスナー氏がクレジットされている。

実際にアステカの人々がこの方法で農業暦を管理していたことが証明されたわけではないものの、ひとつの可能性として非常に説得力のある仮説と言えそうだ。

トラロック山の斜面にある古代の土手道の名残