<実話に基づく映画『ラーゲリより愛を込めて』の主人公・山本幡男氏の長男で、立教大学名誉教授の山本顕一さんに聞く、記憶の中の父と戦後の母。秘蔵写真と共に明かされる家族の物語とは>

実話を基にした映画『ラーゲリより愛を込めて』(12月9日公開)は1945年8月、満州で主人公の山本幡男(はたお)が妻モジミと3人の息子、そして幼い娘と家族の時間を持った後、離れ離れになるシーンから始まる。

当時10歳だったという幡男の長男で、立教大学名誉教授(フランス文学)の山本顕一(87)さんに、本誌・小暮聡子と大橋希が話を聞いた。

――映画『ラーゲリより愛を込めて』を見た感想は。

瀬々敬久監督がよく作られていて、シベリアの状況もよく捉えていて。二宮和也さんも、よく演じてらっしゃるなと思いました。父にずいぶん似ているというかね。正直なところ、映画はやっぱり実際とは違ってはいるけれど。

――山本幡男氏は、顕一さんから見てどんな人だったか。

子供の頃の私にとっては、父は本当に怖い、おっかない存在だった。シベリアに行ってからの父はユーモアがあって皆を楽しませていたと聞いているけれども、私が知っている頃は戦時中だったので。父はその時代が嫌でね。何かにつけ日本の軍国主義を嫌って、嘆いていた。そのため、いつも不機嫌でした。

――日本の軍国主義が嫌いだと口に出せるような時代ではなかったと思うが、家庭内では話していた?

家の中ではね。酔っぱらうと大声でしゃべるんだけど、そうすると母や祖母が心配するんですよ。近所に聞こえるから。ところが、父がシベリアで亡くなり、遺書を家に届けに来てくれた方が父の話をしてくれて、向こうではずいぶん立派な生き方をしていたと。それを聞いて、ああそんな人だったのか、と改めて思いました。

――顕一さんが大学3年生の時に遺書が届いたそうだが、当時の記憶はあるか。

とんでもなく重たい立派な遺書が家族に宛てられていて、父が必死の思いで書いたという、その気持ちは十分に分かった。特に子供たち宛ての遺書では、4人のきょうだいにいろんな希望を託している。その希望に、自分も応えなきゃならないとは思っていたんですが、それが非常に重くてね。

でも、父の一周忌に父を知っている方が集まってくれたとき、父の友人が私のところに来て、ケンちゃん、こんな遺書をもらって大変だろうけど、あまりそこにこだわらずに自分は自分で生きていったらいいよと言われまして。それが救いでした。

母モジミは、畳の上でのたうち回って悲しんだ