実際、「量子認知」という研究分野がある。これは人間の脳に電子系の量子効果があるという話ではなく、「非可換確率論を用いた認知科学研究」だと西郷氏は説明する。

西郷氏が紹介した「量子認知」は、この「問いが状態を変える」特性をモデル化する研究分野である。これは、「量子の数学構造が、認知のゆらぎや順序による答えの変化を説明するのに適している」という意味において示唆に富む。

有名な例として、政治家の「信頼度」を問うアンケートで、質問順序によって回答率が大きく変わる現象がある。いわゆる「質問順序効果」だ。かつて米大統領選挙で「クリントンは信頼できるか。ゴアは信頼できるか」という質問を、順序を変えて行うと、偶然で片付けられないほどに結果が変わった。この現象は、古典確率論ではうまく説明できなかったが、非可換確率論によれば体系的に説明できることが示されていた。

講演後半では、「なぜ非可換性が多様な現象に現れるのか」を数学の観点から説明した。鍵となるのが、「圏(けん)」と呼ばれる構造だ。西郷氏の圏論的アプローチについてはこの動画などに詳しい。

西郷氏は講演を、哲学的な言葉で締めくくった。

「非決定論と因果性を両立させることは、人間の自由を考える上でも重要。全てがランダムなら努力は意味がない。全てが決定されていても努力は意味がない。しかし決定論と因果性を切り離すことで、この二つは両立する。これは脳を考える上でも重要なのではないだろうか」

すべてが完全にランダムでも、すべてが厳密に決定されていても、私たちの「選択」は意味を失う。しかし、量子の数学に見られる「不定性を含みつつ、因果は保たれる」という構造は、脳の働きや自由意志の理解に新たな視点を与える可能性を秘める。

数学という抽象的な言語を通じて、量子と脳、そして人間の自由という深遠なテーマがつながった瞬間だった。

観測する脳と関係する心