そう言いつつも河村さんは、ただし、すべて良一君次第です、すべて本人の意志に任せますとくり返した。その河村さんの説明の仕方から、児童相談所に子どもが保護されることの意味合いを再認識した。

いくら私が良一君の親権を持っていた兄の唯一の妹であっても、良一君に自由に会うことはおろか、良一君の行動に直接関与することはできない。そして今のところ、葬儀に行くかどうか聞くと、黙り込んでしまう状況らしい。

「五日の午後には塩釜署から斎場に直行する予定です。詳細が決まりましたらまたお知らせしますので、どうぞ甥のことをよろしくお願いいたします」と告げて、私は電話を切った。

甥に関しては、かなり幼い姿しか記憶にない。いったいどんな少年に育っているのだろう。

次に連絡をしたのは、父方の叔母(父の妹)だった。偶然にも、兄の亡くなる数ヶ月前に数年ぶりに連絡を取っていたのだ。そのきっかけを作ったのは、実は兄だった。

「この前、叔母さんに連絡したら、ガン無視されたぜ」というメッセージが届いたのは、夏の終わりのことだった。金の無心でもしたのだろうと思って、「借金を頼まれると思ってびっくりしたんじゃないの」と短く返信した。

「ハハハ、その通りだよ。俺なんて、天涯孤独だね。誰にも頼ることができないよ」と悪びれるでもなく返してきた兄には、そのまま返信をしなかった。

私はすぐに叔母にメールを書いた。

「兄が迷惑をかけたみたいですね。いつもすいません。仕事で東京に行くときがあるので、ぜひ会いましょう」

叔母はすぐに返事をくれ、「会えるのを楽しみにしてるよ」と書いてくれていた。

兄の死を伝えると、叔母はとても驚いた様子だった。

兄は、母方の親戚よりは、父方の親戚と親しかった。兄が職を転々としていた頃、兄を心配した叔母の家に居候していたこともある。

長年小学校教師として勤めてきた叔母は、明朗で、面倒見のいい人だ。正しさと常識を重んじる言動や生き方は、わが一族のなかでは変わり種で、いかにもベテラン教師といった雰囲気だった。私はそんな叔母が昔から好きで、あのときは久しぶりに連絡を取れたことに喜んでいた。

叔母は私の話を聞くと、「あたしも行くよ、塩釜まで。あの子に会いに」と言った。涙声だった。

※前編:不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった──複雑な感情を整理していく5日間はこちら。


兄の終い

 村井理子 著

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