だが、侵入者の中で言葉を話せるのがアデレードのドッペルゲンガーだけということは、明かしておこう。そしてその腹の底からしみ出るようなしゃがれ声が、実に不気味で素晴らしい。役作りの妙は声色だけではない。ニョンゴは出づっぱりで、主人公とドッペルゲンガーの2役に挑戦。人間の中に潜む怪物と、怪物の中にいる人間を見事に表現し、圧巻と言うほかない。

ピールはカメラの位置や照明、音楽から片隅の小道具までこだわり抜く映画作家だ。今回はドッペルゲンガーをめぐる物語とあって、反射と反復を多用している。前半のシーンのほとんどが後半で繰り返されるか、対になる場面がある。終盤のどんでん返しは物語を根底から揺るがし、観客はそれまでの出来事を一から検証し直すことになる。

映画館を出るときは、周囲の人々がちょっと違って見えるはず。この人たちは私の影? いや、私がこの人たちの影なのか。私たちには見えない、見ようとしない幻の自分、幻の社会が存在するのではないか──。

見終わった後も落ち着かない気持ちにさせるのが、傑作のホラー映画だ。

US

『アス』

監督/ジョーダン・ピール

主演/ルピタ・ニョンゴ

ウィンストン・デューク

日本公開中

©2019 The Slate Group

<本誌2019年9月17日号掲載>

20190917issue_cover200.jpg

※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。
ニューズウィーク日本版 戦争インフレ
2026年4月28号(4月21日発売)は「戦争インフレ」特集。

ホルムズ海峡封鎖でガソリン・日用品が高騰。世界経済への悪影響と「出口」を読み解く

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます