
岡本 3種類の文字をどう組み合わせるかという新しい修辞学の観点から、𠮷岡さんはいかがでしょうか。
𠮷岡 朝日新聞で名文家と言われ、『天声人語』も執筆していた同僚が、以前こんなことを言っていました。経済記事のような論理的な文章を書くときこそ、ひらがなをもっと使うべきだ、と。
新聞でも文字の視覚的な効果は意識します。漢字が多いと紙面が黒くなります。数字や専門用語が多い記事では、ひらがなを増やして白くしたほうが読んでもらいやすくなる、と。一方、文章によっては要所に漢字を置くことで言葉をより強く、際立たせることもできるとも言っていました。
岡本 ワープロやスマートフォンが普及して、漢字を手で書く機会は大幅に減りました。私自身も、以前なら書けた漢字が出てこなくなることがあります。
書家の石川九楊先生との対談「漢字文明圏のなかの日本語」では、日本人の漢字に対する意識が薄れた背景には、ワープロの普及によって漢字を手で書かなくなったことがあるのではないかという話になりました。
私たちの世代は漢字ドリルで何度も書いて憶えました。その経験が、読むときの漢字感覚にもつながっているのかもしれません。AIが漢字を選び、変換し、文章まで書いてくれるようになったらどうなるかは考えさせられます。
100年後も漢字は残るのか
岡本 今回、日本語が専門の金水敏先生に『アステイオン』104号の読後エッセイ「「漢文ポルシェ」を乗りこなす、魔改造が得意なヤマト民…SFあるいはファンタジー風妄想漢字論」をウェブへご寄稿いただきました。
文字を持たなかった日本人が漢字を受け入れたことを「自動車の運転を全く知らない人がいきなりポルシェに乗れと言われるようなもの」と表現しています。そして、我々の先祖は万葉仮名、音訓を経て、そのポルシェをどうにか乗りこなしてきた、のだと。
せっかく日本人が長い歴史をかけて乗りこなしてきたものなのですから、さらに乗りこなして、今後もうまく運転できればいいと思います。
ただし、重要なのは漢字を保存すること自体ではありません。漢字が何を表し、どこから来た言葉なのか。外から入ってきた概念を、日本語はどう受け止めてきたのか。そうした背景が分からなくなれば、日本語というOSの性能も落ちていくのではないでしょうか。
100年後の日本語にも、漢字は残っているのか。日本語の未来について、ぜひ最後にそれぞれ一言ずつお聞かせください。
齋藤 漢字も外来語も、ただ守るか捨てるかという話ではないと思います。必要なのは、それを操作する力です。先ほどの「新しい修辞学」にもつながりますが、新しい言葉を取り込み、組み替え、ときには遊びながら新しい表現を作る。その創造性があれば、新しい日本語も生まれるのではないかと思います。