
後列左より金文京氏、フフバートル氏、今野真二氏、加賀野井秀一氏、前列左より岡本隆司氏、齋藤希史氏、上野誠氏、𠮷岡桂子氏

上野 私は、日本における漢字文化は案外しぶといと思います。外からどんな言葉が入ってきても、助詞や助動詞を使って日本語のなかに埋め込んできました。漢字でも外来語でも、それを受け止める仕組みがあります。
金先生と今野先生のお話を聞いていて思ったのは、日本語はどんな外国語が入ってきても、助詞や助動詞を使って取り込むことができるということです。
漢字の比率が下がっているとしても、その場所に別の外国語が入っているだけとも考えられます。「机仕事」をする。「デスクワーク」をする、と。
漢字仮名交じり文も、長い試行錯誤の末にたどり着いた、ちょうど歩留まりのいい場所なのではないでしょうか。ですから、この仕組みは無理にいじらなくてもいいのではないかと思っています。
𠮷岡 漢字、ひらがな、カタカナ、さらにアルファベットまで含めれば、私たちは4つの文字体系を駆使するOSを持っている。これは、非常に贅沢なことだと思います。
せっかくそうしたOSが社会に根付いているのであれば、それをどう使いこなし、どう物事を伝えていくのか。その営みを続けていくことは、これからも非常に重要なのではないか。英語にせよ、漢語にせよ、翻訳する力の大切さとあわせて、今日のお話を伺って、改めてそう感じました。
岡本 日本語は、漢字を受け入れて以来、外から来た文字や言葉を取り込みながら変化してきました。漢字が100年後にどれほど残っているかは分かりません。しかし、漢字を残すか捨てるかという二者択一ではなく、変化する環境のなかでどう使い直していくのか。
その問いを考えることは、日本語とは何なのか、あるいは私たち日本人とはどういう存在なのかを改めて考えるきっかけになり、少しでも一石を投じることができたならと思っています。本日はお忙しいところ、お集りいただきありがとうございました。
構成:テイバー・ジェイムソン(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
上野 誠(Makoto Ueno)
國學院大學文学部日本文学科教授[特別専任]。1960年、福岡県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。奈良大学名誉教授。博士(文学)。専門は万葉集、万葉文化論。著書に『古代日本の文芸空間』(雄山閣出版)、『魂の古代学──問いつづける折口信夫』(新潮選書)、『万葉挽歌のこころ──夢と死の古代学』(角川学芸出版)、『折口信夫的思考―越境する民俗学者』(青土社)、『万葉文化論』(ミネルヴァ書房)など多数。モットーは「体感する万葉」。
岡本隆司(Takashi Okamoto)
早稲田大学教育・総合科学学術院教授、アステイオン編集委員。1965年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。宮崎大学教育学部講師、同教育文化学部助教授、京都府立大学文学部教授などを経て、現職。京都府立大学名誉教授。専門は東洋史・近代アジア史。2025年、紫綬褒章受章。著書に『世界史序説』(筑摩書房)、『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『物語江南の歴史──もうひとつの中国史』『二十四史──『史記』に始まる中国の正史』(ともに中公新書)など多数。
齋藤希史(Mareshi Saito)
東京大学大学院人文社会系研究科教授。1963年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程中退(中国語学中国文学)。京都大学人文科学研究所助手、奈良女子大学文学部助教授、国文学研究資料館文献資料部助教授などを経て、現職。著書に『漢文脈の近代──清末=明治の文学圏』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『漢文スタイル』(羽鳥書店、やまなし文学賞)、『漢詩の扉』(角川選書)、『漢文脈と近代日本』(角川ソフィア文庫)など。
𠮷岡桂子(Keiko Yoshioka)
朝日新聞コラムニスト 編集委員。岡山県生まれ。山陽放送アナウンサーから、1989年に朝日新聞記者に転じる。中国や日中関係を主に取材している。朝刊コラム「日曜に想う」の筆者のひとり。対外経済貿易大学(北京)で中国語研修後、上海特派員、北京特派員として、中国に通算8年間駐在。その後、2020年秋まで3年半にわたり、バンコク拠点の編集委員として、中国と東南アジアの関係を取材。24年夏までの1年間は、ブダペスト・コルヴィヌス大学客員研究員として中国と欧州との関係を調査した。著書に『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』(岩波書店)『人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢』(小学館)など。
今野真二(Shinko Konno)
清泉女子大学教授。1958年生まれ。1986年早稲田大学大学院博士課程後期退学。高知大学助教授を経て、現職。日本語学専攻。主な著書に『仮名表記論攷』(清文堂出版、第30回金田一京助博士記念賞受賞)、『『日本国語大辞典』をよむ』(三省堂)、『日日是日本語』『日本語と漢字』(ともに岩波書店)、『日本を知る』(みすず書房)、『谷川俊太郎の日本語』(光文社新書、第26回日本詩人クラブ詩界賞受賞)がある。
加賀野井秀一(Shuichi Kaganoi)
中央大学名誉教授。1950年高知市生まれ。中央大学文学部仏文科卒業後、同大学院、パリ大学大学院で学ぶ。専攻はフランス現代思想、哲学、言語学。著書に『メルロ=ポンティ──触発する思想』(白水社)、『知の教科書 ソシュール』(講談社メチエ)、『20世紀言語学入門──現代思想の原点』『日本語の復権』(共に講談社現代新書)、『日本語は進化する──情意表現から論理表現へ』(NHKブックス)、『日本語を叱る』(ちくま新書)、『感情的な日本語──ことばと思考の関係性を探る』(教育評論社)などがある。