<「イスラム教です」と答えた瞬間、なぜか距離が生まれる…。日本は本当に「無宗教」なのか?>
連載「On Japan “日本通”時事コラム」では、在日外国人をはじめ、世界各地にルーツを持つ「日本通」たちが、政治、社会、文化などを独自の視点から読み解きます。
「宗教は何ですか?」。日本で暮らしていると、よく聞かれる。もちろん、質問者に悪意があるわけではない。それでも「イスラム教です」と答えた瞬間、相手との間に、それまでなかった距離を感じたことが何度もある。それはなぜだろうか。
テロや紛争が起きるたび、ニュースなどで「イスラム」という言葉が独り歩きする。イスラム教徒がどのような日常生活を送り、何を大切にしているのかを知るよりも先に、「怖い」「厳格」という印象を抱くのだろう。
では、「祈り」について話せば、見えてくる景色は変わるだろうか。
私の母、フローラは毎日静かに手を合わせている。一日に感謝し、遠く離れた故郷で暮らす人たちの無事を願い、娘の私が今日も笑顔で帰ってくることを祈っている。
そんな母の姿からは、祈りとは決まった宗教儀式というよりも大切な人を思い、自分の心を整えるための時間であることを教わった。
イランでは、ラマダンの時期には日の出から日没まで断食を行い、日が沈むと家族や親しい人たちと食卓を囲む。まず口にするのは水やデーツ(ナツメヤシ)。
空腹を満たすことよりも、一日を無事に過ごせたことへの感謝と祈りが込められている。また、困っている人に思いを寄せて寄付することも、大切な祈りの行為の1つだ。このように日常生活の中に祈りが息づいている。
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