Niket Nishant Ashitha Shivaprasad Manya Saini
[27日 ロイター] - これまで保険業界では、周期的に発生する「エルニーニョ現象」が、大西洋で保険金支払い負担が膨らむようなハリケーンの発生リスクを低下させる要因と考えられてきた。しかし、沿岸地域での人口増加や不動産価値の上昇が進んだ結果、保険会社はその前提の見直しを余儀なくされている。
エルニーニョは太平洋の一部で海面水温が平年より高くなる現象で、大西洋上空にハリケーンの発達を妨げる大気環境を生み出すため、通常はハリケーンの発生数を抑制するとされる。
米政府の科学者らは、エルニーニョが6月に到来したと発表。これは大西洋ハリケーンシーズンの開始時期と重なる。2026年シーズンについては、命名される規模の熱帯低気圧が8-14個、カテゴリー3以上の大型ハリケーンが1-3個という、平年を下回る活動になると予測されている。
かつてならば、この見通しは損害保険会社にとって朗報だったが、近年は事情が変わってきている。保険仲介企業や自然災害リスク分析会社、アナリストらの話では、ハリケーンの発生数が少なくても巨額損害が発生する可能性が高まっているためだ。
米国の連邦統計に基づくと、1970年以降に沿岸郡の人口は4000万人余り増加した。長年にわたる開発によって、ハリケーンの影響を受ける地域に存在する資産量も大幅に増えている。
さらに過去10年間で住宅価格は70%超、再建コストも60%超上昇。こうした資産価値の上昇と沿岸部への人口集中により、比較的穏やかなシーズンであっても保険金支払い額が膨らむ恐れがある。
そのため保険会社は、単純にハリケーンの発生数を見るのではなく「どこに上陸するか」と「その地域にどれだけの資産が集中しているか」を重視する方向へとリスク評価や保険料設定の考え方を変えつつある。
再保険仲介企業ガイ・カーペンターの北米災害リスク部門アドバイザリー責任者、キンバリー・ロバーツ氏は「たった1つのハリケーンが上陸するだけで、過去に例のない規模の保険損失を引き起こし得る。そしてそれは、エルニーニョの年でも十分に起こり得ることだ」と指摘した。
<重要なのは上陸場所>
政府データによると、ハリケーンシーズンには熱帯低気圧が平均14個発生し、うち7個がハリケーン、さらにそのうち3個が大型ハリケーンとなる。米保険仲介大手エーオンのデータでは、16-24年の年間保険損失額は平均約300億ドル(約5兆円)だった。
エルニーニョは通常2-7年ごとに発生するが、継続期間は9ー15カ月と幅があり、決まった暦上の区切りもない。このため、周期ごとの保険損失を直接比較することはできない。
保険データ会社ベリスクの熱帯低気圧モデリング担当上級科学者ジェフリー・ストロング氏によると、1950年以降、エルニーニョの周期では命名される規模の熱帯低気圧が平均およそ2個少なかったという。ただ、発生数だけでは実際のリスクは測れない。
その代表例が1992年のハリケーンシーズンだ。この年は91年に始まったエルニーニョの終盤にあたり、発生した暴風雨やハリケーンの数は平均の半分程度だった。しかし、その中には米国を襲った史上最強級のハリケーンの一つ「アンドルー」が含まれていた。
アンドルーはフロリダ州南部とルイジアナ州に上陸して甚大な被害をもたらした。スイス再保険研究所によると、もし今、同規模のハリケーンが発生すれば、保険業界の損失額は1000億ドル近くに達してもおかしくないという。
エルニーニョ現象が発生しなかった2020年は、30個の熱帯低気圧、14個のハリケーン、7個の大型ハリケーンが発生する記録的シーズンとなった。ただ、それらの多くが人口密集地を直撃しなかったため、保険損失額は約300億ドルにとどまった。
自然災害リスクモデル会社カレン・クラーク・アンド・カンパニーは今月の報告書で、フロリダ州のマイアミやタンパ、あるいはテキサス州ヒューストンのような人口が密集し、かつ資産価値の高い都市に今、大型ハリケーンが直撃した場合、保険損失額は1000億ドルを超える可能性があると試算した。
同社は「ハリケーンも不動産と同じで、最も重要なのは『立地、立地、とにかく立地』だ」と表現している。
<より高度なリスクモデル構築へ>
エルニーニョはまた、米国南部の一部地域で平年を上回る降雨をもたらす傾向があり、洪水や土砂災害などのリスクを高めている。このため保険会社は、ハリケーン以外の関連災害についても考慮する必要がある。
スイス再保険で米国損害保険再保険部門の最高経営責任者(CEO)を務めるモニカ・ニンゲン氏は「保険対象となる資産価値は上昇し、沿岸部への集中も進み、サプライチェーンも複雑化している。その結果、単一の災害がもたらす損害規模は10年前と比べても大幅に大きくなり得る」と話す。
さらにエルニーニョは災害リスクを左右する要素の一つに過ぎない。気候変動の影響により、保険業界はハリケーンだけでなく、洪水や山火事など増加するさまざまな自然災害への対応を迫られている。
英再保険ブローカー、ギャラガー・リーのスティーブ・ボーウェン最高科学責任者は「過去のデータだけでは学べることに限界がある」と語り、気候パターンの変化によって、従来のリスクモデルの予測精度が低下する事態があり得るとの見方を示した。
このため保険会社が進めているのは、季節的な気候シグナルと個々の不動産データを組み合わせた、より高度な自然災害モデルの開発だ。こうしたモデルを用いて想定損失の幅をより精緻に見積もろうとしている。
一部のリスク専門家は、再建コストの上昇や損失を吸収するための資本コストの変化など、長期的な構造要因にも目を向けるべきだと指摘する。
業界では、人工知能(AI)の活用も進んでいる。調査会社イーマーケターのアナリスト、マイラ・トーマス氏によると、AIは膨大な気象データや資産データの分析を支援し、リスクモデルの精度向上に貢献できる。ただし、AIにもまだできることは限られると説明している。