ジェンダー平等とは何かを考える
日本では、第二次世界大戦後、GHQの指導のもとで、地方軍政部によって公立高校の男女共学化が急速に進められた。それは教育の民主化という方針に基づくものだったが、地域によってその過程と実態は大きく異なる。北関東と東北の一部には男女別学校が残っている。
その理由として、GHQの一方的な押し付けへの反発だけでなく、別学を維持したいという教育現場の声があったことが指摘できる。とくに長い歴史と伝統をもつ男子校・女子校は、地域でもよく知られている。
たとえば2026年現在、埼玉県には公立の男子高校が5校、女子高校が7校あり、その数は全国で最多であるが、その共学化の方針が県の教育委員会より2024年に発表された。
ジェンダー平等の実現のために、共学化を進めるべきであるという声も聞かれる。しかし、在校生や卒業生をはじめとする別学維持を求める運動も活発だ。
「女子校では性別役割がなく、のびのびとリーダーシップが育まれている」、「埼玉県には、共学高校も男子校も女子校もあり、選択肢がある。それぞれに良い点があって進学したい人がいるのだから、現状のままでよいのではないか」というのが彼らの主張だ。
すでに日本では、男女が等しく教育を受ける権利については、異論はない。だが、教育現場でジェンダー問題に正面から向き合っている学校がどれくらいあるだろうか。共学化は進んだものの、そこで男性がリーダーで女性が補佐といった慣習が温存されるのであれば、意味はない。
2022年以降、埼玉県では、中学生から一般県民まで様々な立場の人々による共学化をめぐる意見交換が重ねられている。この議論は、男女別学を残すべきか、共学にすべきかという制度論にとどまらない。問われているのは、教育におけるジェンダー平等とは何かという、より根本的な問題だ。
イスラーム諸国の「男女別学の倫理」をテーマとした筆者らの本は、日本から見れば遠い世界の話に見えるかもしれない。だが、そこにある問いは普遍的である。
必要なのは、どのような学校制度が、生徒一人ひとりの学びと選択を広げるのかを問い続けることではないだろうか。男女別学と共学をめぐる議論は、私たち自身の教育のあり方を見直すための鏡でもある。
[注]
(*1)それまで男子のみを受け入れていた学校に女子部が新設される例もある。東南アジアにおいて、女性が男性より進学率が高い傾向があることについては、鴨川明子・服部美奈編著『『東南アジアのリバース・ジェンダー・ギャップ──進む女性の高学歴化は何を意味するのか』(明石書店、2025年)で詳しく論じられている。
(*2)1970年代のソ連侵攻以来、戦火の絶えなかった同国では、小学校さえ満足に通えていない子どもたちが国内にまだ多い。女子の通学に消極的な保守的な考えも根強い中で、安心して通わせることのできるマドラサは、女子生徒の就学を後押ししている。
小野 仁美(Hitomi Ono)
埼玉県生まれ。東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。東京大学大学院人文社会系研究科助教、東京大学多様性包摂共創センター特任研究員を経て、現在、神戸市外国語大学客員研究員。著書に、『イスラーム法の子ども観──ジェンダーの視点でみる子育てと家族』(慶應義塾大学出版会)、『イスラーム法研究入門』(共編著、成文堂)、『男女別学の倫理とイスラーム──教育のジェンダー平等を問う』(共編著、地平社)など。
※本書は2024年度サントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」の成果書籍である。
『男女別学の倫理とイスラーム──教育のジェンダー平等を問う』
小野仁美・服部美奈[編著]
地平社[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)