イランの女子中学校(森田豊子撮影)同様にイランでは、1979年の革命後にイスラーム化政策が進められ、小学校から高校までは完全に男女別学、大学のみが共学になっている。それでも女性の大学進学率は男性を上回るほどで、理系分野に進む女性が多い。
女性には女医が必要となり、女子校には女性教員が必要といったイスラームの教えにもとづいた社会的背景もあり、専門職に就く女性が多いのだ。
一方で、トルコでは1923年の建国以来、政教分離が掲げられ、男女平等と近代的市民の育成の理念のもとに、学校は基本的には共学とされている。ただし、形式としては共学であっても、教育現場でジェンダー平等が自動的に実現するわけではない。
男子には積極性やリーダーシップが期待され、女子には従順さや礼儀正しさを求める空気が残れば、性別役割規範が再生産されてしまう。つまり、共学か別学かという制度の形だけでは、教育の平等は測ることはできない。
1980年代頃以降、男女別学の宗教系学校の増加は、中東だけでなく、東南アジアでもみられるようになっている。インドネシアとマレーシアは、それぞれオランダとイギリスの植民地であった時期を経て、いずれも普通学校は共学を基本としている。それが近年ではイスラーム系の男女別学校もかなり増加している(*1)。
インドネシアのプサントレン(伝統的イスラーム寄宿学校)女子部(左)と男子部(右)(服部美奈撮影)アフガニスタンでは、2021年8月のタリバン政権復活以降、中学校以上の女子教育が停止されていることはよく知られている。ただし、男女別学を徹底したマドラサ(イスラーム学校)が増え、そこに通う女子生徒も急増中だという(*2)。
ここに、男女別学をめぐる議論の複雑さがある。別学は女性を排除する制度にもなり得る一方で、社会や文化的規範によっては、誰もが教育を受けるための現実的な回路にもなり得る。日本の議論においても、この視点は無関係ではない。