漢語諸方言の主な差異というのは音韻と語彙に現れる。音韻は平たく言えば発音の体系・仕組みである。北京語と広東語も、子音・母音、それに声調と呼ばれる上昇下降などの音調パターンの種類や数、組み合わせ方が根本的に異なっている。
そのため、後述する歴史的変化の仕方の違いも相まって、同じ漢字で書かれる語でも、「日本」は北京語ではRibenリーペン、広東語ではYat6bun2ヤットプンとなるなど、しばしば読み方が大きく異なる。(広東語ローマ字表記は千島式を採用。数字は声調番号を表す。)

語順など文法は比較的似ているが、基礎語彙の多くが異なっている(表1参照)。例えば、表中の例を使って「彼は来ない」と言うとすると、広東語では “佢唔嚟(コユンライ)” 、北京語では “他不來(タープーライ)” となる。
方言間でこうも差が大きいのは、人の移動や往来の途絶などによる方言の分岐が長年にわたり広大な土地のあちこちで積み重なったからだが、異民族との接触もある。
広東語などの南方漢語は北方で発祥した漢語が南方に持ち込まれ、土着の非漢族の言語と融合・接触して発展したものと言われる。
一方で、北方の漢語もまた劇的な変化を蒙っている。隋唐代の漢語にあったいくつもの古い音韻的特徴が失われたが、それらはむしろ広東語など南方漢語でよく保存されている。日本の「日」の字音yat6ヤット、飲茶の「飲」の字音yam2ヤムに見られる、-tや-mなどの音節末子音などがそうである。
これらは伝統的に古典の詩文を読むときに重要な音の区別であったが、北京語では失われてしまった。そのため、広東語ネイティブは特に強い誇りを感じている。
飯田真紀(Maki Iida)
1974年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。博士(文学)。香港中文大学中国文化研究所客員研究助手、北海道大学准教授を経て、現職。専門は中国語学、漢語方言研究。著書に『ニューエクスプレスプラス広東語』(白水社)、『広東語の世界──香港、華南が育んだグローバル中国語』(中央公論新社)など。