もっとも、台山一帯の広東語は、広州や香港で話される広東語とは相当異なる。日本語で譬えるならお年寄りが話すような伝統的な東北方言と東京の言葉との違い以上に感じる。

台山語はかつて在米華人社会の共通語であったが、後に大都会の広州で話される標準的な広東語に取って代わられていく。だが、いずれにせよ広い意味では広東語である。アメリカで中国語の下位種に北京語と広東語があるという印象が一般的なのはこうした経緯がある。

アメリカのように、ゴールドラッシュを目当てに海を渡った華人の集団はカナダ、オーストラリア、ニュージーランドでも見られたが、やはり広東語の話者が大多数を占めた。

さらに、20世紀後半には広東語を母語とする香港人の海外移住ないし脱出も相次ぎ、広東語は中国語の一種として特に欧米では北京語と並び立つほど存在感を得ることになった。

広東語と北京語の違い

広東語はそもそも北京語とどれぐらい異なるのだろうか。日本で広東語の知名度が低いのは、アメリカのような広東系移民の集団がいないことに加え、中国語の一方言という説明の仕方が影響しているだろう。

確かに広東語は祖国の中国では方言の一つとされる。現在、漢語方言は官話、晋(しん)語、呉語、湘語、閩(びん)語、粤(えつ)語、贛(かん)語、客家(ハッカ)語、徽(き)語、平話・土話という10種類の大方言グループに分けるのが通説である。

広州や香港で話される標準広東語は、このうち、広東省中部以西から広西チワン族自治区東南部にかけて分布する粤語という大方言グループの代表的下位方言である広府方言のそのまた代表的下位方言である。

よく言われるように、漢語方言は方言というより別言語と見なすのが適切なほど、互いに異なっている。特に広東語など中国東南部の諸方言は北京語との差が大きい。日本語の方言の規模感で想像するのは適切ではない。何しろ同じ粤語にも上述の台山方言のような広州方言話者にはほとんど聞き取れない方言もある。

感覚的には粤語内の方言の違いの方がむしろ日本語内の方言の違いに近い。まして、方言系統が異なる北京語と広東語の差異は外国語間のそれに等しい。