アメリカをも動かすネタニヤフの腹の内

最大の同盟国アメリカを動かす影響力が、ネタニヤフには確かにある。第1次トランプ政権下でも、アメリカはイスラエルの働きかけで重要政策を転換した。大使館をテルアビブからエルサレムに移転し、ゴラン高原のイスラエル主権を承認し、オバマ政権下で成立したイラン核合意から離脱した。

またイスラエルは20年のアブラハム合意によりアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン、モロッコとの国交正常化を実現し、アラブ諸国との関係改善を決定づけた。

合意はアラブ諸国による外交封鎖に大きな打撃を与えると同時に、「パレスチナ問題」と「アラブ諸国との国交正常化」を切り離そうとするネタニヤフの姿勢を承認した。

ネタニヤフの側近を務めたジャーナリストのルシー・ブルームは、こう説明する。「ネタニヤフは常に近隣諸国と関係を育もうとしてきた。『パレスチナ問題の解決なしに和平はない』という従来の常識を否定することで、彼は関係の構築を実現した。むしろ中東全体がイスラエルの存在を受け入れて初めて平和はもたらされると、彼は考えた」

サウジアラビアと国交を正常化すれば外交封鎖は完全に終わると、ネタニヤフは期待した。だがその努力はハマスの奇襲攻撃と、その後パレスチナ自治区ガザから中東全域へと拡大した戦争により頓挫した。

もっとも戦争はネタニヤフの功績を拡大する機会にもなった。経済改革と駆け引きが得意な指導者から戦場で決定的勝利を手にした指導者へと、そのイメージは変化した。

ネタニヤフの安全保障分野での主な功績
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