基礎科学研究でAIとどう付き合うか
茜 科学者と近未来社会という点では、今後のAIとの関係も気になります。大隅先生は、AIは研究者に成り代わって基礎科学の研究ができると思いますか。それともAIはあくまでツールなのでしょうか。
大隅 私はあくまでツールだと信じていたいですね。ただ、一人一人がちゃんとAIの特性を知っておかないと、あっという間に飲み込まれてしまうおそれがあります。
しかも、AIを実際に操ってる、開発している人たちが私たちの目に見えない世の中になっているので、具体的に何が起こっているのか科学者自身も分かりません。「こんなことができるようになった」という部分だけが見えてくるのは、とても難しい問題をはらんでいるなと感じています。
茜 ただ、私は大隅先生の研究から「人間にしかできないこと」に希望を持っているんです。私が受験生の頃、生物の教科書には「液胞は細胞の中でただスペースを取っているだけのゴミ箱だ」という説明がされていました。
AIは網羅的、効率的に情報検索することに長けていますが、当時、AIがあったとしても「ノーベル賞を取れそうな研究をしよう」と考えたときに、液胞には絶対にたどり着かなかったと思うんです。
やはりそれは生身の人間である大隅先生が、「泥臭く」というと言葉は悪いですが、液胞を光学顕微鏡でじっと見続けるような先生がいらしたから、科学の常識を変えるような研究が生まれたと思います。
先生としても、若者にはそういうところを目指してほしいのではないですか。
大隅 そうですね。今は「時代に遅れてはいけない、流行りのことをやらないといけない」というのが、若者を含めて研究者全体の呪縛になっているような気がします。「最先端の研究をやるのが一流の科学者」というような考えも蔓延しています。
でも、実際にはそうではないところから「ポン」と発展することがあるのも事実だと知ってほしいですね。流行りの研究テーマはものすごくたくさんの人が興味を持っているから、そこで一点突破するのはなかなか大変です。いつも競争を意識してないといけないというのは、楽しくない世界だと思います。
若い人には「流行りのことは興味のある人に任せよう。自分の興味はなにか、ということをしっかり考えよう」と言いたいですね。
私にとって「酵母と液胞」はずっとキーワードで、分からないことを解決したいと思い、モチベーションが下がらないまま研究を続けています。たくさんの謎がいまだに残っている、楽しい分野に足を突っ込むことができたなと思ってます。
シニアの疲弊は全世代の損失
茜 最後にもう一つ、日本のアカデミアの状況で気になることがあります。世界的にもそうかもしれませんが、特に日本はシニアの研究者の扱いがすごくもったいないのではないでしょうか。
たとえば、国立大学を65歳で定年退職したら、一部の再就職に成功した人だけがあと5年私学で研究できますが、それ以外はどんなに素晴らしい研究者でも、研究室を持って研究を続けるということはほぼできません。意図せず研究者生活が終わり、それまで積み重ねた知識・技術を活かせる場がなくなってしまいます。
大隅 本当に、シニアの人が持っている知識を継承することは大事にしないといけないと思っています。ただ、若い人の職場を奪わないようにするというような難しい問題もありますよね。どういう形でコミットし、どういう貢献するのがベストなのかというのは、議論しなければなりません。
ただ、年齢で機械的に決まっている定年制というのは間違いなくとても問題が多いと思います。どういうシステムを作ればいいのかという悩ましい問題もたくさん含んでいますが、日本の研究者の数はこのままだと激減してしまうのも事実なので、科学研究で面白い経験をしてきたシニア世代を大事にして、その体験をみんなに知らしめるようなシステムを作らないといけないと思います。