実用重視で進路を決める学生たち

 ノーベル賞の受賞理由自体が、近年は応用科学の面が重視されているというか、「医療に役に立ったから」などですよね。

大隅 iPS細胞も非常に基礎的な研究からスタートしているということを、もう少し皆さんが理解してくださるといいなと思います。

 そもそも最近の理系の学生は、サイエンスそのものを追求したいというよりは就活に強いから工学部、手に職をつけられるから医学部といった選択をしがちです。学生たちに対して、サイエンスの面白さや理学を追求する面白さをどのように伝えて、向かってもらうことができるでしょうか。

茜灯里
青山学院大学で客員准教授を務める筆者

大隅 大変難しいと思います。たとえば、科研費の申請書には「社会的波及効果」という項目があって、若者の間には「必ずこれは役に立ちます」と言わないと通らないという思い込みが浸透しています。もう20年くらいそんな状況で、とても深刻で酷な問題です。

 若手研究者自身が「税金で研究させてもらっているのだから、役に立つことをしないと」と変に引け目を感じたり、自虐的になったりしているところも見たことがあります。

大隅 日本では当たり前の風潮となっています。私はこの話をよくするのですが、今の若者が家に帰って母親に「自分はこんな研究している」と話すと、最初の質問は必ず「それ、何の役に立つの?」だそうです。

「そんな面白いことがあるんだね」とは決して言ってもらえない世の中になっている、つまり日本の社会全体がまったく余裕がないということだと思います。

たとえば、経済社会では1000万円投資したら1000万円以上のものが必ず返ってくることを要求されます。けれど、科学の世界では、投資に見合ったものが必ず返ってくることは保証されていません。「これをやったら必ず成果があります」というほど、科学の進歩は単純ではありません。

そういうことも含めて社会が容認してくれないと、科学者が「100万円投資してもらいました。だから、これは100万円の以上の価値がある成果です」といつも言わないといけない世の中になります。

科学者が人間の未来像を展望しづらい時代に

 先生はよく「科学は文化だ」とおっしゃいます。文化を醸成するためには「このお金で人類の知を引き上げるような研究をしてね。ダメだったらダメでいいけれど、自由に研究してね」と言えるくらい国や企業の余裕があれば嬉しいですけれど、現実はなかなか難しそうですね。

大隅 今、世界では膨大なお金が軍事費に回されて「あれだけミサイルが飛び交うのにどれだけのお金を使ってるんだろう」と思うことがあります。世界全体の人間の稼いだお金が、何にどれだけ使われているかと考えると、矛盾したことばかりの政治情勢です。

アメリカがあんなことになってしまうと、ただでさえ一方的なところにものすごい投資がされて、いびつに発展してしまう。そこをなんとか変えていかないと、人類は近い将来、必ずつまずいてしまうでしょう。

科学者が人間の未来像を展望することが、とても難しい時代になっています。だからこそ、そういう問題を正面から議論したり、見つめ直したりしていきたいですね。

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