EU加盟に黄信号
ヨーロッパの人々は、もう歴史の過ちを繰り返したくないという思いが強い。
かつてバルカンは「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれた。ボスニア出身のセルビア人の若者が放ったサラエボの銃声は、第一次大戦の引き金となった。
冷戦が終わり、民族や宗教の違いでユーゴスラビアが解体されて起こった惨劇は、ヨーロッパ人の記憶にまだ鮮明に残っている。
EUは「1つの欧州」という枠組みによって、紛争をなくそうとしてきた組織だ。エネルギーは紛争の元だから、EUのエネルギー市場規則を西バルカン諸国に拡大して「エネルギー共同体」をつくろうとしてきた。しかし今回の件はつまずきとなる。
同国のボリャナ・クリシュト閣僚評議会議長(首相に相当)は、エネルギー安全保障を強化し、供給源を多様化する「大きな前進」だと述べて歓迎したが、EUは釘をさした。
サラエボ駐在のEU代表ルイジ・ソレカは、同国の指導者らに対し、「EU加盟への希望を危うくしている」と書簡を送った。
特別に採択された法律は、欧州エネルギー市場へのアクセスを危うくする。さらに、西バルカン向けの「EU成長計画」に基づく約10億ユーロの資金提供にも影響を及ぼす恐れがあると警告したと、ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ(RFE/RL)は報告している。
アメリカやトランプ大統領を明確に批判はしていないが、地域の不安定化を招きかねない行為への、これが精一杯の表現だったのではないかと筆者は感じている。
「平和評議会」はどうなる? 岐路に立つバルカン
このことは、まだ始まりにすぎないだろう。
バルカンでは、中心的存在のセルビアが大きく揺れている。ハンガリーのオルバン政権は、EU加盟国の地位を利用して、特にセルビアでロシアの代理人としてふるまってきたが、選挙で敗退したショックもある。
さらに、トランプが創設した「平和評議会(The Board of Peace)」の存在がある。セルビアと主権争いをしているコソボが常任参加している。憲章によれば、トランプが事実上の終身議長で、後継者も指名できる。そして常任での参加費は10億ドル。国連を弱体化する試みと批判があり、EUはそのガバナンスにも深刻な懸念を表明している。
不安定なバルカンに、「法と秩序」ではない、民主的正統性や既存制度を飛び越えたネットワークが介入したら、どうなるのだろうか。まだ日が浅すぎて分からない。
ウクライナ戦争の初期、バルカンで第2戦線が開かれるのではという欧州専門家の見立てがあった。実際に戦争が起こったのは中東だった。しかし、まさか「欧」と「米」の乖離という形で、バルカンが不安定化のリスクを抱えるとは思ってもみなかった。
剛腕首相ネタニヤフが図ったアラブとイランの弱体化で、中東に訪れる新時代