初めて観た40年前、ラストの展開に僕は思わず声を上げたと思う。つまり嘆息。周囲の観客のほとんども同様だった。そして必ず笑顔になる。やられたという爽快感。

詐欺師を主人公にした映画は数多いが、そのほとんどは「騙す技術の巧妙さ」を見せるか、「騙される愚かさ」を笑うかのどちらかに収斂する。ところが本作『スティング』は、騙す側と騙される側の境界を攪乱しながら、観る側もプロットに巻き込む。つまり映画そのものの構造を露呈させるメタ的な展開だ。

今回の原稿を書く過程で、コンゲームという言葉を初めて知った。語源は英語の「confidence game(信用詐欺)」で、相手を巧みに信用させてお金や財産を騙し取る詐欺の手口を指すが、それをテーマにした映画や小説も指すらしい。

特に映画においてコンゲーム作品というときは、劇中のターゲットだけでなく「観客をも騙す」という二重の仕掛けを意味することが多い。

現実の詐欺の多くは弱者が標的になっている。騙されて爽快感などあるはずがない。でも観客の合意の下に観客を騙す本作の詐欺の標的は、悪を体現する街の権力者だ。しかも、それが徹底して騙される。

お金と時間を提供し、騙される