2020年初頭、米公衆衛生局長官だったジェローム・アダムズは、世界を襲った新型コロナウイルスという未曾有の事態に直面していた。それから6年。今、別のウイルスがニュースを賑わせるなか、アダムズら医療専門家は再び立ち上がった。しかし今回の敵はウイルスそのものではない。
発端は、クルーズ船内で発生したハンタウイルスの集団感染だ。複数の死者が出て治療のために搬送される乗客も現れるなか、当局は封じ込めに奔走している。
もっとも、ハンタウイルスは新型コロナとは性質が大きく異なる。致死率は高いものの、人から人への感染力ははるかに低いとされている。2020年に経験したようなパンデミックに至るリスクは極めて低いのだ。
それにもかかわらず、SNS上ではパニックを煽るような投稿や恐怖を煽る言説、根拠のない陰謀論、誤った解釈が次々と共有されている。
アダムズら医師たちが、いま大衆にとって真の脅威とみなしているのは、こうした医療についての誤情報だ。
ユニバーシティカレッジロンドン熱帯病病院の感染症専門医であるニール・ストーンは、多忙な合間を縫って自身のXアカウント(@DrNeilStone)で流布されるデマの是正に奔走している。「パンデミック中に形成された誤情報のエコシステムが、今度はハンタウイルスに転用されている」と彼は指摘する。
公衆衛生学の専門家マーク・シュライムは、こうした現象の背景に「前回のパンデミックによるトラウマ」があると分析する。人々がデマを広めたり、信じ込んでしまったりする背景には、新型コロナ以降の「集団的なPTSD(心的外傷後ストレス障害)」があるとシュライムは考えている。