たしかに、文化も歴史の中で、単純化されたり、本質と異なるイメージで広まったりすることも少なくない。ただ、かつて「こんなのは日本の寿司ではない」と言われたカリフォルニアロールが「SUSHI」文化を広めたように、文化の混交と変容の先に新たな進化が生み出されることもある。

食文化で言えば、日本発祥のナポリタンやエビチリなども同様だ。アニメなどの日本のサブカルチャーも世界に発信されたが、海外の若者にとって有名な「夏目」は今や「吾輩は猫である」の文豪ではなく、妖怪をめぐる「友人帳」をテーマにした人気漫画の主人公のほうだろう。

文化の伝承や表象に史実や正統性も重要だが、偏狭な文化的ナショナリズムに陥いることなく、時代に合わせた変化を柔軟に受け入れることではぐくまれる日本文化の奥行きもあるはずだ。

比較文学研究者の片岡真伊さんがサントリー学芸賞を受賞した著書『日本の小説の翻訳にまつわる特異な問題──文化の架橋者たちがみた「あいだ」』(中公選書)で論じたように、文化翻訳の実践者たちが時に「誤訳」と見えるような発信をすることがあるが、その背景や過程もダイナミズムと捉えて面白がる視点も大切だと思う。

AIなどを介したコミュニケーションでは伝えきれない、日本的かつ人間的な「間(ま・あいだ)」や「境界」、「のりしろ」の部分を大切にすることが、異文化を架橋し、相互理解の可能性を広げると信じたい。

冒頭のお茶屋に闖入した一行は、来日するまで日本のレストランでは勝手に飲み物を持ち込んで飲んではいけないことも知らなかったようで、SNSなどで紹介するなら日本で知った母国の文化との違いもきちんと発信してほしい、と頼んで背中を見送った。

先日も、京都で降りしきる雨の中、レンタル着物の裾をまくし上げ、草履を片足ずつ交換して履いて相合い傘で歩く訪日客の男女から道を尋ねられた。ラブラブのカップルへのうらやましさや嫉妬はさておき、和装の作法として違和感を覚え、ずぶぬれ泥まみれの着物を見てレンタル会社もつらいだろうなと思った。

とはいえ、誤解や誤訳も文化理解の第一歩。否定はせず、彼・彼女らが日本の文化の受信者から、新たな発信者や担い手になってくれることを願い、道案内に徹した。微力ながら、草の根レベルで、まちや世界の平和につながる文明間対話につながるよりよい文化発信のかたちが実践できないか、古都の片隅で思いをめぐらせている。

 

佐久間卓也(Takuya Sakuma)
京都新聞社編集委員。東京都生まれ。1992年から雑誌やテレビ、新聞で、音楽、芸能、学術などの文化のほか、政治、経済、社会問題などを取材、報道している。

 
 

 『アステイオン』103号


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