<地下鉄の裂け目と手作業から編みなおす、「私」の物語について> 

子どもの頃、通学路は道草をする理由に満ちていた。しかし、私たちはいつの間にか道草の理由を見つけられなくなる。繰り返される日常の中で街の風景は生き生きとしたものでなくなっていく。

友田とんの『「手に負えない」を編みなおす』は、いつもと変わらぬ街の風景に裂け目を見出し、街を支えるインフラの謎に迫りながら、「私」自身が何者なのかを描き出すスリリングな本だ。読者はページを繰りながら著者である友田の視線をトレースし、友田の困惑に付き合いながら、再び街の風景を生き生きとしたものにできるかもしれない。

本書は、地下鉄の漏水対策のフィールドワークからはじまる。地下鉄の天井から水が漏れている。それをビニール袋で受け、ホースでバケツへ導く。都市を支える巨大なインフラは老朽化という不可避の問題を抱えており、地下鉄職員たちは日々そのトラブルに対応していた。

友田はその手仕事に目を奪われる。それはある種の考現学であり路上観察なのだが、その観察を重ねていく中で、地下鉄というインフラを延命するための器用な手仕事(ブリコラージュ)が大きな管理システムを構成していることに気づきはじめる。

だが友田は、関係者にインタビューをしたり「答え合わせ」をしない。観察そのものを続けていくことでそこに関連しあう秩序を浮かび上がらせていくのだ。

しかし、路上観察のみでこの本は終わらない。本書の第二部は「手に負えない」ものを人々が日々管理していること自体の面白さを誰かに伝えるための手段が模索される。その過程で友田自身は思いがけない新たな驚きと出会うことになる。第二部の舞台は地下鉄ではなく、本を作ることに没頭する「私」自身だ。

友田はまず自身の関心の来歴を振り返っていく。かつて住んでいた実家、和菓子屋の手仕事を支えていた環境にはじまり、漫才や映画、書店経営など、自身が魅力を感じていた様々なものごと、「手に負えない」ものは人々の日常的なインフラの維持だったことに気づく。

思い出すと次々に溢れ来る「手に負えない」ものたちの魅力の洪水。それらに惹かれてしまう「私」は「手に負えない」ものとどう付き合えばよいのか。

その一つの解決は「手に負えない」ものを実際に作ることだと思いつく。アートや作庭、民芸運動の議論に触れながら、友田は「手に負えない」ものを作ることを通して「手に負えない」ものを一つひとつ理解しようとする。

しかしながらフィールドワークにはじまった「手に負えない」ものの物語を終えられない。物を作ろう、インフラ管理に感謝しよう、という落ちではこの本は本としてまとまらない。その時友田はふと実家の和菓子屋での出来事を思い出した。