アメリカ、イスラエル対イランの戦争が石油市場を揺るがしている。

世界の石油・液化天然ガス(LNG)の約20%が通るホルムズ海峡が事実上封鎖されていることだけが、その理由ではない。混乱の収束が見えないことから、原油価格に「リスクプレミアム」──供給停止のリスクを織り込んだ追加コスト──が上乗せされているのだ。

保険料は上がり、航行するタンカーは減り、中東を避けるために航路は長距離化。こうした全てが原油供給網に摩擦をもたらしている。

混乱は間もなく解消し「正常」に戻るだろうと、楽観視する声もある。実際、4月半ばには和平交渉再開への期待感から、原油価格は1バレル当たり100ドル以下まで下落した。

それでもまだ高い。2023年から開戦まで、原油価格は1バレル=70〜80ドルの範囲で推移していた。これは過去20年の「正常」な時期における平均的な価格だ。

だが「正常」に戻る道が、もはや存在しないとしたら? 供給の一時的な混乱ではなく、石油が安く買える時代が終わったことが問題の本質なのだとしたら?

石油化学製品が製造に関わる日用品は6000種類超

原油価格上昇の影響は、通常ガソリンスタンドから波及する。ガソリン、軽油、ジェット燃料が高くなるにつれて通勤通学、物流、旅行のコストが上がる。肥料の多くが石油化学製品だから、農業も打撃を受ける。

米エネルギー省(DOE)によれば、石油・天然ガス由来の石油化学製品が製造に関わる日用品は6000種類を超えるという。その多くには、石油化学製品を原料とするプラスチックが使われている。意外なところではアスピリン、食器用洗剤や歯磨き粉もリストに入っている。

建築資材も忘れてはいけない。アスファルト、断熱材、塗料、パイプ、防水材などの多くが石油の副産物で、レンガやセラミック製品の焼成にはガスが欠かせない。これに資材を現場まで運ぶ運搬費が加わり、石油危機は住宅価格をさらに押し上げる。

1999年、石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルで水素事業を率いていたドン・ヒューバーツのコメントが、エコノミスト誌に載った。いわく、「石器時代は石がなくなったから終わったのではなく、石油の時代もまた石油をわれわれが使い尽くしたから終わるのではない」。

確かにそのとおりだが、「安い石油」はどうだろう。石油がなくならなくても、安い石油の時代は終わるかもしれない。

世界はこれまで何度もオイルショックに直面してきた。地政学的な理由で起きたケースも、需要が供給を上回ることへの懸念が引き起こしたケースもあった。専門家は石油が枯渇すると、何度も警鐘を鳴らした。

だが原油価格が高騰するたび、油田の発見や技術革新、代替エネルギーの利用が上昇分を吸収した。企業は深海掘削などの技術を開発した。

水圧粉砕法によるシェールオイルの採掘は、とりわけアメリカでエネルギー供給の新たな扉を開いた。シェール革命が追い風となり、アメリカは2018年には世界最大の原油生産国となった。

「ジャスト・イン・ケース生産方式」が再評価

今回は状況が違う。中東各地で石油の生産施設が爆撃で破壊され、復旧には何年もかかるかもしれない。今や問題は地中に石油があるかどうかではなく、大量の石油を再び安く安定供給できるか否かなのだ。

20年まで世界経済はおおむね「ジャスト・イン・タイム生産方式」で回っていた。必要な材料は必ず供給されるという前提で必要な材料を必要なときに確保する仕組みは、無駄を省きコストを抑えた。そこを新型コロナウイルスの大流行が直撃した。

コロナ禍の教訓から、ジャスト・イン・タイム方式に代わって「ジャスト・イン・ケース生産方式」が再評価された。ウクライナ戦争による混乱もこの動きを後押しした。だが供給が途絶えても対処できるように材料を多めに備蓄するこのアプローチは、コストの増大を伴う。

非常時に備えて石油や天然ガスを余分に確保するとなれば、必要なのは購入資金だけではない。国は保管施設やインフラを整備しなければならず、保険料も上がる。こうしたコストは誰かが負担することになる。

石油が安く買えなくなっても、石油が不要になるわけではない。

価格の上昇は生活の隅々に忍び込む。燃料補助金の給付や備蓄の拡大、市場介入を求めて政府に圧力をかければ、財政赤字が膨らみかねない。家計はさらに圧迫され、必需品以外の出費を抑えることになる。

変化に私たちは適応していくだろう。既に世界中で人々は旅行を控え、公共の交通機関を利用し、車を電気自動車(EV)に買い換えている。産業界もコスト削減の必要に迫られ、効率化やグリーンエネルギーへの投資を拡大するかもしれない。

それでも石油を取り巻く状況が「正常」に戻ることはないかもしれない。私たちが変化に適応しても、石油依存は終わらない。

だが依存の在り方は変わるだろう。石油は必要不可欠だが、もはや安価でも政治的に中立でもなく、安定供給は望めない。そんな世界とどう向き合うかが、問われている。The Conversation

Flavio Macau, Associate Dean - School of Business and Law, Edith Cowan University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

現代を象徴する「多面的な成功」が輝いた夜──シャルル・ルクレールが語った"FACETS"の価値
現代を象徴する「多面的な成功」が輝いた夜──シャルル・ルクレールが語った"FACETS"の価値
PR
【関連記事】
ニューズウィーク日本版 戦争インフレ
2026年4月28号(4月21日発売)は「戦争インフレ」特集。

ホルムズ海峡封鎖でガソリン・日用品が高騰。世界経済への悪影響と「出口」を読み解く

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます