注目の直木賞作家・小川哲氏が、エッセイ集『斜め45度の処世術』(CEメディアハウス)を上梓した。雑誌『Pen』での連載エッセイを書籍化したもので、昨年秋に刊行された10万部突破のベストセラー『言語化するための小説思考』(講談社)に続く最新刊となる。
「今日暑いですね」から始まるどうでもいい雑談や、自分語りの多い人間との飲み会をどう考え、どう対処するのか。「誕生日おめでとう」「あけましておめでとう」といった決まりきった言葉や作法に対する違和感を、「斜め」から見ることで、的確に言葉にしてくれる本エッセイは、ある意味ではいかに私たちが、さまざまなコミュニケーションの場で問題を抱えているかを明るみにしてくれる。
とりわけ、「ネット社会」と言われて久しい今日、現代人にとって、もはやSNSやメールなど、ネットを介さない日はほとんどないだろう。不安定な世界情勢や凄惨な事件など、膨大な情報とさまざまな意見が集積されているインターネットでは不意に目にした投稿で心が傷つくこともある。
小説家である小川氏も、ネット上で自分や自分の作品に対するさまざまな意見に出合い、なかには誹謗中傷とも取れるものを目にしてしまうこともあるという。このネット社会で自身のメンタルを守るためにはどうしたらよいのか、小川氏に聞いてみた。
SNSを見ているとなぜ辛くなるのか
――近年、「SNS疲れ」という言葉もよく目にします。小川さん自身はネットとどのように付き合っていらっしゃいますか?
僕はSNSは閲覧用のアカウントしか持っていないので、書き込みはしていません。自分の本の感想を調べたり見たりしているだけですが、それが僕にとってベストな距離感ですね。
SNSの場に発信用のアカウントがあると、見て見ぬふりができなくなりますよね。例えば何かしらの社会問題などがあったときに、何も語らず、スルーしたとします。しかし、SNSで自分のアカウントがあると、何も語らなかったことが、何かしらのメッセージとして伝わってしまう。もしその話題を知らずに何も発言しなかったとしても、発言しないこと自体が意味を持ってしまいます。
SNSは今、そういう「場」になってしまっていると思うんです。でも、世の中って毎日いいことも悪いことも起こるので、全部の出来事について何かを述べるって原理的に無理です。人間の興味関心の数って有限なので。そこで語らないことが語っていることになるのが嫌なので、僕は発信用のアカウント自体作っていないんです。
たまに読者と喧嘩している著者も見かけますし、僕ももちろん反論したくなることもありますが、アカウント自体がないのでできません。できないならできないでいいんです。
――なるほど。また、見ているだけでも辛くなったり疲れてしまうという人もいますよね。
どうして辛くなるかというと、人間は自分の力ではどうしようもないことに心を傷めてしまうんですよね。どこか知らない場所で、知らない誰かが被害に遭っている事象に対して何もできないのだけれど、そうした事象に心を傷めてしまうことはある。