やや余談めきますが、修行の際は、睡眠時間を減らすのが常道です。そして、心身ともに、疲労困憊(こんぱい)の状態に、あえて人工的に追い込んでいきます。なぜなら、そういう状態でこそ、神秘的な体験が得られやすいからです。元気で、ぴんぴんしているときには、神秘的な体験はほとんど起こりません。

この点からすると、親しかった人を亡くして、睡眠不足になっているときは、通常では起こりえない体験が起こりやすいことがわかります。亡くなった人の気配を感じるというのも、今述べたことと無縁ではありません。

修行の場合は、自ら求めて、そういう特殊な状態を作り出すのですが、親しかった人を亡くして、睡眠不足になっているのは、自ら求めて、そうなったわけではありません。むしろ、そうなってほしくはないのに、結果的にそうなってしまっているのです。この差は、決定的です。

もちろん、ひとくちに亡くなった人の気配といっても、さまざまです。感じられて良かったということもあれば、ゾッとしてしまって、恐怖のあまり、パニックになりそうなこともあるはずです。

そのどちらでも、大切なのは冷静に対処することです。喜びすぎず、怖がりすぎず、つとめて冷静にふるまってください。性急に判断するのは、禁物です。

そもそも、気配を感じてしまう原因の多くは、ここまで述べてきたとおり、尋常ではない精神状態にあります。ですから、まずは精神状態を尋常に戻すことが求められます。精神状態を尋常に戻すためには、身体の状態を尋常に戻す必要があります。身体の状態を尋常に戻すためには、食べて、寝て、遊ぶことです。思いつめるのは、最悪です。

もっとも、食べて、寝て、遊ぶといっても、なにしろ尋常ではない精神状態では、なかなか実行できません。そういうときは、「食べる→寝る→遊ぶ」という順番を、「遊ぶ→食べる→寝る」、もしくは「遊ぶ→寝る→食べる」に変えます。

こんな気持ちのときに、遊んでなんていられない、と思うかもしれませんが、こういうときにこそ、人は遊ばなければいけません。度を過ぎなければ、お酒を飲むのも、有効な手です。

こうして、精神状態が尋常に近いところまで戻ったら、そのとき、あらためて、亡くなった人の気配を感じたときのことを、思い出してください。そうすれば、冷静に、気配の意味や本質を判断できると思います。

まだ思い出したくないのであれば、無理をすることはありません。思い出したくなるまで、いくらでも待ってください。あせることはありません。

待っているうちに、忘れてしまっても、全然かまいません。忘れてしまうということは、その程度のことだったという証拠ですから、気に病むことはないのです。

※第2回:死後世界も霊魂もないなら何をしてもいい──を実行した人がいた


しししのはなし
 ――宗教学者がこたえる 死にまつわる〈44+1〉の質問』

 正木 晃・著

 クリハラタカシ・絵

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