イスラム組織ハマスに連れ去られた娘夫婦の帰還を求めて奔走する父親イェフダの視点から、戦争、政治、社会、そして家族の分断を描き、ベルリン国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した『ホールディング・リアット』。

3月7日の日本公開に合わせて来日したブランドン・クレーマー監督に、作品の見どころを中東在住ジャーナリストで本誌コラムニストの曽我太一が聞いた。

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──イスラエルで人質問題そのものが政治化しているなかで、なぜ和平を訴える人質家族に焦点を当てたのか。

私にとっては自然なことだった。というのも、私の2人の親族が人質として連れ去られたからだ。

紛争と分断の時代において、ドキュメンタリーの力は、非常に個人的な視点から現実の複雑さを映し出す点にあると思う。直接影響を受けた人々の経験を見つめることで、社会や政治のリーダーも問題の深さを理解できるようになる。

私の親族の中で起きていたことは当時のメディアではほとんど報じられていなかった。娘のリアットが連れ去られて数日後、父親であるイェフダが「娘が人質になったことをパレスチナ人への暴力の正当化には使ってほしくない」と語っていた。しかし、そうした視点はほとんど共有されていなかったのだ。

──難しい状況の中、娘のリアットを人質に取られた父親イェフダはなぜ政治批判もしたのか。

イェフダは農業共同体キブツに暮らす農業従事者で、政治的権力も大きな発言力もない。彼が1970年代にアメリカからイスラエルに移住したのは、イスラエル人とパレスチナ人が共存する社会主義的な社会という理想を信じていたからだ。しかし現実はその方向には進まなかった。

娘と娘婿が人質になった際、イェフダはこう考えた。自分の家族がこの国のために命を危険にさらされるなら、自分は信じていることを語る責任がある。つまり人質を取り戻すことだけではなく、いま必要なのは戦争ではなく、和平、和解、そしてパレスチナ人との共存だと訴えたのだ。

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