この問いに対して、習近平はこう答えた。「着る物や食べる物の心配はなかったが、父親の意向で非常に質素な生活をしていた」。例えば、姉たちのお下がりの服を着ていたという。

このインタビューで習近平は、子供時代の習一家の暮らしがことのほか質素だったことを説明しようとしたが、そう語る言葉を通じて、習一家の子供たちが「特権」を享受していたことも見て取れる。

「旧正月の宴会に何度か参加したことがある。人民大会堂や天安門広場に行くと、こんなにボロボロの服を着ているのはどこの家の子だろうと、スタッフが言う。すると、事情を知る誰かがこう答えた。習家の子たちだよ、と」

習仲勲は、週末には子供たちと一緒に過ごした。しかし、しつけは苛烈を極めたという証言がいくつか残っている。子供たち自身も、父親が倹約家だったとしばしば振り返っている。前妻との娘である乾平(チエンピン)はこう記している。

「幼い子供だった頃、きょうだいは誰も父と一緒のテーブルで食事をしたがらなかった。倹約に関して厳しいルールを課されてびくびくしていたのだ......例えば、食事中に米粒ひとつ、食べかすひとつこぼすことも許されなかった。もし誰かがうっかり食べ物を床に落とせば、父は直ちに拾って口に入れていた」

肩車中の「おしっこ」に...
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