<出張はコンコルドで超高級ホテル滞在は当たり前、元バニティ・フェア誌編集長が語る「古き良き」時代>

バニティ・フェア誌(Vanity Fair)の伝説的編集長グレイドン・カーター(Graydon Carter)が、「高級雑誌の最後の黄金時代」を振り返るうまくいっていた時代(When the Going Was Good)(未邦訳)は、基本的にはエレジー(哀歌)だ。

確かに、カナダのオンタリオ州出身で、大学は卒業していないが雑誌作りで頭角を現し、ニューヨークに出てきて、雑誌全盛時代に花形編集者として活躍したカーターの回顧録は、輝かしいサクセスストーリーともいえる。

だが、そのおどけた自慢話と、次から次へと登場する有名人の名前の背後にちらつくのは、パワーとセンスとマネーの源としてのアメリカの雑誌の死だ。

コンデ・ナストやタイム、ハーストといった出版社が発行していた高級誌は、かつて莫大な広告収入を得ていた。1980〜90年代の全盛期、バニティ・フェア(コンデ・ナスト刊)の広告料は1ページで10万ドルを超えていたという。

カーターがバニティ・フェアに入る前にいたタイム誌では、ほとんどの食事と酒は経費扱いだったと、カーターは語る。電話1本で医者を手配できたし、末端のスタッフでさえ毎週金曜日の夜は運転手付きの車で自宅まで送り届けてもらえた。

バニティ・フェアもそうだった。5つ星ホテルに超音速旅客機コンコルドでの出張、住宅ローンは無利子で、引っ越し費用も会社持ち。記者は「スター並み」の報酬と待遇を受けた。

「AIに使われるか、AIを従えるか」 一橋大学が問う、エージェント時代の「次世代エグゼクティブ」の条件
「AIに使われるか、AIを従えるか」 一橋大学が問う、エージェント時代の「次世代エグゼクティブ」の条件
年3本の記事で年俸50万ドル?
【関連記事】