<歌手を題材にするなら本人音源で口パクを。カラオケ映画は俳優が「歌える」ことを証明し、オスカーに近づくための「下心」にすぎない──(レビュー)>

イギリスの歌手エイミー・ワインハウスの伝記映画『Back to Black エイミーのすべて』は、ある問いに答えを出していない。それはカメラを回す前に解消すべき疑問、「なぜこの人物がそれほど重要なのか」だ。

『Back to Black エイミーのすべて』予告編

人気ミュージシャンの伝記映画なら、普通は簡単に答えが出る。ボブ・マーリーやホイットニー・ヒューストンの歌を聴けば、映画館で2時間彼らと一緒に過ごすのも悪くないと誰もが思うだろう。

実際ミュージシャンの伝記映画にがっかりするケースが多いのは、ヒット曲を詰め込むことに終始して人生や人柄を掘り下げないからだ。

そうした意味で『エイミーのすべて』はひどい。悲惨なレベルの駄作だ。

たわいのないロマンチックコメディーとアルコール・薬物依存にまつわるシリアスドラマを数分おきに行ったり来たりするので支離滅裂だし、悪意があるのかと疑いたくなるくらい彼女の創造性や芸術性には触れない。

ワインハウスを男に翻弄されるだけの女として描き、満たされない出産願望に無礼なほど焦点を当てる。人物造形は実に薄っぺらい。

とはいえ最大の欠陥は別にある。主演のマリサ・アベラは歌手としてはアマチュアの域を出ない。新人発掘番組『アメリカン・アイドル』には出場できても、中盤で脱落するだろう。

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