<権力闘争の犠牲となる13人を描いたこの物語のなかで、源義経や和田義盛らにはいったん悲劇を回避しうる可能性が示されるが、結局歴史は改変されることなく身を滅ぼしていく。脚本の三谷幸喜がそこに込めた警告とは>
2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が12月18日をもって大団円を迎えた北条義時を主人公とし、大河ドラマではマイナーな時代といえる鎌倉時代が舞台ということもあって視聴率はそこまで振るわなかったが、最新の歴史研究を踏まえつつ大胆な解釈を加える三谷幸喜脚本の完成度の高さもあって、熱狂的なファン層を生み出した。
義時、時政、実衣......「業」の連鎖
この大河はある意味では異色の作品といえる。なぜなら、主人公が悪人として死んでいくからだ。物語当初は生真面目な好青年だった北条義時は、鎌倉幕府勃興期の権力闘争を経験する中で次第に変貌していき、政敵をあらゆる手段で滅ぼしていく冷酷な権力者となる。そして最後はすべての「業」を背負って死んでいく。
もちろん義時の目的は私利私欲ではなく幕府の安定であり、息子泰時の正義と対立しながらも後継者として認めるような度量を持つ人物でもある。しかしそんな義時でさえ、源頼朝の時代から続く権力闘争での悲劇の再生産を止めることはできない。それどころか、悲劇を止めるために権力を獲得したのに、自分自身が悲劇を積極的につくりだす主体となってしまう。
義時だけではない。父の時政や妹の実衣など、本性的には悪人ではない魅力あふれるキャラクターたちが、鎌倉という権力闘争の場に置かれることで豹変し、悲劇を生み出す主体となってしまう。三谷脚本には本性的な悪人は存在しない。にもかかわらず登場人物たちは業を重ね、悲劇の連鎖が続いていくのだ。
三谷大河3本の共通点
三谷幸喜はこれまで3つの大河ドラマの脚本を書いている。近藤勇を主人公とした『新選組!』、真田幸村を主人公とした『真田丸』そして今作だ。全てに共通する特徴がある。それは、どの作品のキャラクターも歴史という運命に抵抗しようと最後まで努力するが、結局は史実という圧倒的な権力に屈服せざるを得ない、ということだ。
三谷脚本の近藤勇はなるべく粛清が起こらないよう努力するし、幸村含む大阪方は家康に勝つための最善の行動を取ろうとする。にもかかわらず、一つの偶然、一つのミス、一つのボタンの掛け違いによって、それぞれのキャラクターの想いや努力はあっさりと無力化され、悲劇的な史実へと引き戻されてしまう。