とりわけ仏当局にはゲイの献血禁止の緩和に手を付けにくい事情があった。輸血感染のリスクがまだ十分知られていなかった85年、輸血による感染者が4000人前後報告され、首相や保健相の刑事責任が問われる一大スキャンダルに発展。当時の保健相は99年に不作為による殺人で有罪になっている。

 タブーと差別を打破する試みは、ゲイの権利団体からも勇気ある決断と歓迎されている。