コラム

「アルツハイマー型認知症は腸内細菌を通じて伝染する」とラット実験で実証される

2023年11月06日(月)19時00分

まずアルツハイマー病の患者69人と認知症ではない人64人から移植用の糞便と血液を採取しました。次に、7日間、抗菌薬を与え続けて元々の腸内細菌を死滅させた11週齢のオスのラット16匹ずつ対して、アルツハイマー病とそうでない人の糞便を溶かした液体を3日間経口投与して、ヒトの腸内細菌の移植を行いました。11週齢のラットを選んだ理由は、成体かつ十分に若いため、老化による影響を避けるためです。

その結果、最初の移植から10日後以降に健康診断や記憶テストを行ったところ、アルツハイマー病患者の腸内細菌を移植したラットには、長期空間記憶の障害や新規認識記憶の著しい低下など認知症と思われる症状が認められました。さらに、重症患者の腸内細菌を移植されたラットほど、記憶障害が重度でした。

その後、神経細胞を特異的に染色するマーカーを使ったり、脳の切片を顕微鏡で観察したりすることで、アルツハイマー病患者の腸内細菌を移植したラットの脳では、海馬での新しい神経細胞の産出や成長が減ってしまっていたことが観察されました。

つまり、患者の糞便移植によって、健康なラットにアルツハイマー病の症状が「伝染する」ことが示唆されました。

減った細菌、増えた細菌

次に研究チームは、アルツハイマー病患者のどの腸内細菌が、若くて健康なラットの脳に影響を与えたのかについて考察しました。

患者の糞便に現れた腸内細菌叢を分析すると、酪酸を産出して腸内の清掃や腸内壁の修復作業を担うクロストリジウム属やコプロコッカス属の腸内細菌が大幅に減少していました。一方、パーキンソン病など様々な病気の発症に関連していると考えられているデスルフォビブリオ属の細菌が増加していました。

そこで研究者たちは、損傷された腸壁が十分に修復されず、デスルフォビブリオ属の細菌から産出された毒素が血管に入り込み、血流に乗って脳に悪影響を及ぼしたという仮説をたてました。実際に、アルツハイマー病患者の血液から取り出された血清を、胎児性のヒト海馬の神経前駆細胞に注ぐと、神経細胞の成長と機能を低下させることが確認されました。

研究を主導したイボンヌ・ノーラン教授は「現在の治療法は、アルツハイマー病患者が認知症を発症して診断されてから行っても遅すぎる可能性があります。症状が発現する前に、認知症の前駆期や初期段階での腸内細菌の役割を理解することで、新たな治療法の開発、さらには個別化された介入への道が開かれる可能性があります」と語っています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ東部ハルキウで旅客列車にドローン攻撃、4

ワールド

米国境責任者、ミネソタ州知事と会談 市民射殺事件で

ワールド

米政権の麻薬船攻撃巡り初の訴訟、死亡男性遺族「民間

ワールド

デンマークとグリーンランドの首相、独仏訪問 欧州の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化はなぜ不可逆なのか
  • 3
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに...宇宙船で一体何が?
  • 4
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパ…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 7
    「恐ろしい...」キリバスの孤島で「体が制御不能」に…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    生活保護と医療保険、外国人「乱用」の真実
  • 10
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 10
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story