コラム

生魚の寄生虫アニサキス、古今東西の日本に見る予防対策

2022年07月05日(火)11時30分

近年は、アニサキスに関する日本発の新しい研究成果も注目されています。

福岡市の水産加工メーカー「ジャパンシーフーズ」は、熊本大学の浪平隆男准教授とともに、電気を用いた「アニサキス殺虫装置」を開発して成果を出しています。魚の切り身に瞬間的に流す電気は、100メガワット。これを3分間に450回繰り返すと、アニサキスを完全に殺虫できるといいます。魚の鮮度や品質を落とさずに対応できる方法として、大規模な処理の実現が期待されています。

高知大理工学部の松岡達臣教授らの研究グループは、胃腸薬の正露丸を通常服用量溶かした液にアニサキスを30分間浸すと、ほぼ全てのアニサキスが運動を停止し、24時間後には死んだことを確認しました。まだシャーレの中での実験(in vitro)の段階ですが、アニサキス症の治療薬開発への大きな一歩となるかもしれません。

大阪大の境慎司教授らの研究グループは、アニサキスを薄いゲル状の膜で覆う方法を開発しました。ガン細胞にダメージを与えられる「過酸化水素を作る酵素」を混ぜた膜でアニサキスを覆って、1平方センチあたり1000個のガン細胞を含む培養液に入れたところ、24時間後には大部分のガン細胞が死滅したといいます。アニサキスにはガンの臭いに引き寄せられる性質があるという説があるため、同グループはアニサキスの医療活用に期待を寄せています。

消費者にとっては厄介者でしかないアニサキスですが、企業や研究者たちは疾病の克服や寄生虫の活用のために日夜力を注いでいます。私たちも現在、知られている限りの正しい対応をして、自己防衛をしながら生魚をおいしく食べたいですね。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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