<生成AIが利便性や処理の速さで勝るとしても、「ライブ」の感動は人間にしか生み出せない>
毎日どの新聞を読んでも、必ず出てくる言葉がある。それは「AI」「人工知能」。日本に限らず、全ての先進国で最も話題になっている技術は「生成AI」だ。
すごいと思われる進化が日々報道されるが、私は生成AIのいいところよりも危険性に注目している。おそらく、若い人なら生成AIの利便性や処理の速さを重視し、危ないところをあまり気にしないかもしれない。しかし子供もいて、年齢もそれなりに高い私は生成AIが社会へ及ぼす悪影響を危惧している。
将来の世界を考えたら、どの業界も打撃を受けるだろう。教育はどうなるのか。政治家は一体何に基づいて考え、判断するのか。人間性はどこに残るのか。特に、自分の息子たちにAIの適切な使い方をどうやって教えればいいかと私は悩んでいる。
個人的には、記者で作家なので、自分の倫理的なルールとして生成AIを使って文章を書くことを禁止している。生成AIに質問することもしない。
1年以上前から新しい書籍を執筆しているが、これまで書いた本とは異なる書き方で単語へのこだわりを強化し、より自分の経験を語ることにした。実際に私の人生で起きたことを示し、読者に疑いを持たれないようにするためだ。「自分の頭と手を使って書いた本だよ。生成AIによるものではないよ」と証明する書き方だ。