紙の辞書を参考にして、フランス語の表現のできるだけ細かいニュアンスを活用し、文章のスタイルの独自性をさらに磨きながら、楽しんで書いている。それでも、こういった戦略もいつか生成AIに負けると分かっている。全ての作家、アーティストおよびクリエーターは同じような壁にぶつかるだろう。

今年4月、ディーザーというフランスの音楽ストリーミングサービスが、日々新しく投稿される曲の44%は生成AIによるものだと発表した。

ディーザーは独自の技術により生成AIで作られた曲を見極めることができ、「おすすめ」から除外したりAI生成曲だとタグ付けしたりする。しかしほとんどのリスナーは、AIが作った音楽を聴いても違いが分からない。人間の耳はもう完全にだますことができる。

生成AIでできた映像、画像や絵も人間の目をだます。どうすれば「この作品は自分が手がけた」と証明できるか。結局は、人の目の前でやるしかないのかもしれない。

ライブだけが生成AIに勝つ。芝居やコンサートなどの価値が再認識されることを私は期待している。「手を使った細かい仕事」、つまり職人や調理師の技の価値も再び注目されるはずだ。自分の子供が陶芸の職人になりたいと言ったら、大変うれしく思う。

人前で生で何かを披露するライブは感情を共有する場になるし、最も人間性のある場面だ。フランス語で「ライブ」は「spectacle vivant」で、意味は「生きている見せ物」。まさに、演じている側と見ている側は同じ場所で同時に生きている。

どんな演劇でも音楽でも、ライブで楽しむのは最も感動的で思い出に残る体験になる。何でもスマートフォンでできる世界になったからこそ、人間の能力の価値を再確認することが極めて重要だ。

低所得者に「文化クーポン券」