最新記事

ウクライナ情勢

独裁者は最後はメンツに執着する──今から「ロシア敗戦後」を想定する意義

AN IMPERFECT PEACE IN UKRAINE

2022年5月24日(火)14時40分
シュロモ・ベンアミ(歴史家、イスラエル元外相)
ウクライナ兵

ウクライナ東部の都市イルピンを守るウクライナ兵(4月28日) JOHN MOORE/GETTY IMAGES

<ウクライナが望む「正義」もロシアの「勝利」もなく、誰にとっても残念な結果に終わる。しかし、それがその他のシナリオよりはマシである理由とは?>

ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻に正義などないことは、火を見るよりも明らかだ。しかし戦争終結に向けた和平交渉で重要になるのは、正義の行方だけでない。終戦後も和平が続くのか、またプーチンが国益と野心のバランスをどう取れるかが鍵となる。

では、ウクライナにとって安定的な平和とはどんな形があり得るのか。理論的に言えば、それはウクライナにとって真の正義がなされること。つまりロシアの無条件の敗北、ウクライナの全ての領土の返還と保全、そして可能であれば、ロシアがウクライナに金銭的賠償をし復興を助けることだ。多くの識者にとって、これはあり得るシナリオだ。

例えばイギリスの歴史学者アントニー・ビーバーは、ロシア軍は崩壊し屈辱的な撤退を余儀なくされると予測する。しかし、プーチンの軍隊は時代遅れであるとはいえ、数の力でウクライナ東部と黒海沿いで領土の大幅拡大に成功してきた。

またこの戦いはウクライナの国土で行われているため、ウクライナ経済は機能不全に陥り、ロシア兵はウクライナ市民を標的にしている。今回の戦争で事態が膠着すると、たとえプーチンが化学兵器や戦術核兵器を使わなくとも、ロシアよりもウクライナへのダメージのほうがはるかに大きい。もしプーチンがその一線を越えれば、ウクライナの被害は飛躍的に拡大するだろう。

これは現実的なリスクだ。忘れてはならないのは、ロシアは世界最多の核兵器を持ち、プーチンにはそれを自由に使える力があり、彼にとって敗北を受け入れることは到底不可能だということ。独裁者が戦争に負ければ、権力だけでなく、時には命さえ失うことになる。もしプーチンが窮地に立たされていると自覚すれば、少なくともメンツだけは保とうと戦術核兵器を使うことを考えても不思議ではない。

一方、ロシアが完全に敗北したとしてもその後の展開を予想すると不気味だ。完全な敗北があり得るのは、プーチンがクーデターで排除される事態。だが新生ロシアが、民主化され、プーチンの野望を捨てる可能性は低い。さらにあり得るのは、ロシアがクーデターを起こした人物たちの支配下に入り、復讐心に燃え、核兵器を持つならず者の超大国となることだ。第1次大戦後のドイツを思い浮かべてみればいい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過激な言葉が政治的暴力を助長、米国民の3分の2が懸

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、7月は前月比で増加に転じる

ワールド

中国、南シナ海でフィリピン船に放水砲

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中