最新記事

芸術

ロシアの芸術家にプーチン批判を求め、「祖国」を捨てさせるのは正しい行動か

MUSIC AND POLITICS

2022年3月10日(木)18時00分
藤井直毅(ジャーナリスト)
ワレリー・ゲルギエフ

ゲルギエフはミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者からも解任された PETER KNEFFELーPICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES

<ウクライナ侵攻後に相次いでポストを失った世界的指揮者で「プーチンの盟友」でもあるゲルギエフ。政治と芸術の距離感がいま問われている>

2月25日、ニューヨーク市マンハッタンの中心部にあるアメリカ最高のコンサート会場、カーネギーホールでのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の公演に、予定されていた指揮者の姿はなかった。

ラフマニノフというロシアを代表する作曲家の作品を演奏するために本来起用されていたのは、同じくロシア出身の世界的指揮者ワレリー・ゲルギエフ。同時に協奏曲のソリストとして予定されていたロシア人ピアニストも降板がアナウンスされた。

発表には明記されていないが、広報担当者はメディアの取材に対して「昨今の世界的規模の出来事」が理由だとコメントしている。コンサート自体は急きょ代役を立てて行われたが、あまり息の合わない演奏だったようだ。

ゲルギエフは23日、ミラノ・スカラ座で公演を行ったばかりだった。だがロシアのプーチン政権による翌24日のウクライナ侵攻直後から、「それを非難しなかった」として手にしていたスカラ座を含む名門歌劇場やオーケストラでの地位を相次いで追われ、マネジメント会社との契約も解消された。

220315P40_GGF_03.jpg

ゲルギエフに勲章を授けるプーチン(2013年) ALEXEI NIKOLSKYーPOOLーRIA NOVOSTIーREUTERS

ゲルギエフは、ウラジーミル・プーチンが1990年代初頭にサンクトペテルブルク市で政治家としてのキャリアをスタートさせた頃からの知己で、2012年に大統領選のテレビコマーシャルに出演したり、14年のクリミア併合に賛意を示したりと、これまでもその忠実な支持者と見なされ批判も少なくなかった。今回も高い知名度も相まって真っ先にやり玉に挙げられたと言えるだろう。

権力者による芸術「支援」と「利用」

プーチン政権はウクライナ侵攻の理由の1つを「非ナチス化」だと語る。だが、そのナチスドイツも希代の名指揮者として名高いフルトベングラーや作曲家ワーグナーのオペラを、権威を高めるための舞台装置として利用してきた。

もちろんナチスだけではなく、古来よりオーケストラは王侯貴族の持ち物だったし、コンサートのチケット収入によって自力で収入を得るようになった後も権力者や富豪たちが自らの権勢を示すために芸術家を「支援」してきた歴史がある。

一方、事務局・裏方・演奏家など100人以上を養う必要がある現代のオーケストラの懐事情はどこも非常に厳しい。楽団を運営し、演奏の拠点をつくり、音楽祭などの大規模イベントを仕掛けようと思えば、おのずから多くの資金を含む援助が必要になる。お互いの思惑がそこで一致するのだ。奏でられる音楽が持つ高い芸術性は、それが無垢であることを必ずしも意味しない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中