最新記事

中央アジア

キルギス「独裁による安定」の幻想

強権体制に怒る国民が成し遂げた突然の政権転覆劇に学ぶべき教訓

2010年6月14日(月)16時00分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

混乱の渦 煙を上げる大統領官邸前で電話を掛ける反政府デモの参加者(4月7日、ビシケク) Vladimir Pirogov-Reuters

 反政府デモに始まった騒乱が雪だるま式に膨れ上がり、ついには大統領が首都から逃れるキルギスで起きた出来事は中央アジアをはじめ、各地の独裁的指導者にとって最悪の悪夢だった。

 キルギスのクルマンベク・バキエフ大統領は4月7日夜、デモ隊と治安部隊が衝突するなか、首都ビシケクから脱出。翌日には野党勢力が臨時政府樹立を宣言した。

 強権的な体制で権力基盤を盤石にしたはずのバキエフは突如、国民の怒りに直面した。彼らは各地の庁舎を占拠し、モルドムサ・コンガンチエフ内相らに重傷を負わせ、プライベートジェット機で逃亡する事態へ大統領を追い込んだ。

 今回の出来事は05年にこの国で起きたチューリップ革命の奇妙な再現劇だ。議会選挙で不正があったとして野党勢力がデモを展開した当時も抗議活動が急速に拡大し、アスカル・アカエフ大統領はロシアへ逃れ、バキエフが新たな大統領に就任した。

 各国の専門家やジャーナリストはすぐにチューリップ革命を、03年のグルジアのバラ革命や04年のウクライナのオレンジ革命と同種のものと位置付けた。

 確かにいずれのケースでも、旧来の腐敗した共産党エリート層と憤る民衆の対決という構図は同じだ。だが実際には、キルギスの革命で権力を握ったのは民主主義的な親欧米派ではなく、旧共産党政権の元官僚。彼らはたちまちアカエフ並みの嫌われ者になった。

 バキエフ一族は「マフィアのように国を支配していた」と、米バーナードカレッジのアレグザンダー・クーリー准教授(国際関係学)は指摘する。

 キルギスと中央アジア全域の民衆にとって最悪だったのは、バキエフとその一派が直ちに野党や国際的な活動団体の弾圧に乗り出したことだ。国内におけるアメリカの存在感の低下を狙い、米軍が駐留するビシケク近郊のマナス空軍基地の閉鎖もちらつかせた。米軍にとってこの基地は、アフガニスタンでの対テロ作戦に物資を供給する重要な中継拠点だ。

ロシアや欧米にも影響が

 キルギスで起きた突然の政権崩壊は、自身の権力維持に躍起になる中央アジア各国の指導者にとって悪夢というだけではない。中央アジアの隣にあるロシアや中国にとっても、アフガニスタンなど各地でテロや麻薬密売と戦う欧米諸国にとっても懸念すべき問題だ。

 今回の事態は、資源豊富な中央アジア各国の指導者は口で言うほど安定した体制を築いていないという事実を証明している。

 チューリップ革命が起こるまで、中央アジアの旧ソ連圏5カ国のうち4カ国は共産党政権時代の大物に牛耳られ、推定によると世界の天然ガス供給量の35%が彼らの手中にあった。カザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ大統領とウズベキスタンのイスラム・カリモフ大統領は今も権力の座にある。人権侵害を批判される2人はキルギスでの出来事を受け、今後さらに締め付けを強めるだろう。

 バキエフの失墜で、欧米は中央アジアの腐敗した体制に対する支援を考え直すかもしれない。

 「過去数年、欧米諸国やEU(欧州連合)は安定のためなら統治の質を問わない姿勢を見せてきた」と、クーリーは言う。だが、キルギスの動乱で「それは誤った取引だった」ことが判明した。

 言い換えれば、抑圧や汚職は体制を弱体化させるだけ。弱体化した体制は崩壊し、民衆は誰が独裁者を支持したかを忘れない。

 そのため、驚いたことにと言うべきか、今回ロシアの印象はアメリカよりいい。ロシア政府は少なくとも1年ほど前からバキエフ政権を強く批判していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地

ビジネス

米国株から資金流出、過去2週間は22年末以来最大=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中