最新記事

BOOKS

イスラム過激派に誘拐された女性ジャーナリストの壮絶な話

ソマリアでの経験を綴った『人質460日』は生々しく力強い作品だが、著者の「動機」には共感できない

2015年11月17日(火)16時05分
印南敦史(書評家、ライター)

人質460日――なぜ生きることを諦めなかったのか』(アマンダ・リンドハウト、サラ・コーベット著、鈴木彩織訳、亜紀書房)は、新進女性ジャーナリストである著者によるドキュメンタリー。ソマリアへ赴き、武装勢力に拉致監禁された460日間の出来事が生々しく描写されている。

 しかし、この時点で多くの人が感じるのは、「なぜソマリアを目指したのか?」という純粋な疑問だろう。どう考えてもそこは、(特に女性にとっては)危険すぎる場所だからだ。だがその理由は、まず冒頭で明らかにされる生い立ちについての記述を確認すれば、ある程度は理解できるかもしれない。

 決して幸福とはいえない幼少期を過ごした結果、「世界を自分の目で見てみたい」という思いが大きくなり、彼女はバックパッカーとして世界各地を転々とすることになったというのである。早い話が原点は、少し前に流行語にもなった「自分探し」。そして職を転々とした結果にジャーナリストを志し、結果的にソマリアにたどり着いたのだ。


 バグダッドに入ってからほぼ七ヶ月経った時点で、わたしはソマリアに狙いを定めた。自分のなかでは、そこへ向かう理由は単純明快だった。ソマリアは混乱を極めていて、記事にできる題材がいくらでもあった――凄まじい戦闘に、深刻な飢饉に、宗教的過激主義者に、ほとんどうかがい知ることができない庶民の暮らし。敵意が溢れる危険な土地であり、行こうとする記者がほとんどいないこともわかっていたが、本音を言えば、競争相手がいないのはありがたかった。(126ページより)

 滞在は短期間にとどめ、「人の心を動かすような記事」を書き、それをジャーナリストとしての足がかりにしようとしたというのである。しかし、率直にいえばその発想はきわめて短絡的である。結果的にはその判断が、かつてないほどのドキュメンタリーを生み出すことになったわけだが、動機そのものの危うさは否定できないはずだ。

 それはともかく、こうして著者は旅先で知り合ったナイジェルという男性とソマリアに入ることになるのだ。が、この行動に垣間見える自由奔放な恋愛観にも、個人的には違和感がある。なんというか、彼女は非常に"ユルく"見えるのである。ナイジェルとの関係に限らず、「そんなに簡単に寝ちゃうかなぁ......?」というような行動がいくつかあり、ここでの判断もその延長線上にあるとしか思えないのだ(のちにそれは妊娠の疑いにつながり、犯人のひとりを困惑させもする)。

 しかし、どうあれこの行動が彼女とナイジェルの運命を決定づけることになる。なぜなら彼らは、ソマリア到着後3日目の移動時に拉致されてしまうのだから。なお目的は、身代金である。


 いまになってみるとよくわかるのだが、身代金目当ての誘拐事件は、わたしたちが思っているよりも頻繁に起こっている。(中略)動機には政治や個人的な恨みによるものもあるが、たいていは、金をよこせという単純明快なものだ。誘拐はビジネスであり、投機取引であり、お金を巻き上げられるのはわたしのような人間だ――つまり、場ちがいなところをふらふらとさまよい、(中略)贅沢な手段で移動する人間が標的にされるのだ。(187ページより)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中