コラム

NBA騒動に学ぶ「かんしゃく国家」中国との付き合い方

2019年10月15日(火)16時00分

一方で、中国メディアは攻撃の矛先を「言論の自由」を擁護する声明を発表したNBAコミッショナーのシルバーに向けた。9日、CCTVは全国ニュースでシルバー声明を取り上げ、「国家主権と言論の自由を故意に混同してはいけない」との論調でシルバーを痛烈に批判した。

その中ではCCTVは、「言論の自由は絶対ではない。国家主権と社会の安定を犯すような言論は、言論の自由の範疇に属しない」と断じた上で、「モーリー氏は中国の主権と民族の尊厳を尊重しておらず、態度も平等でない。彼の言論は他国の主権を恣意的に侵し、中国人民の感情を傷つけるものだ」と批判。「この人物の品性を疑わざるを得ない」と、個人攻撃まで行った。

以上は、10月6日からの4日間にわたる中国対NBAの激しいバトルの一部終始だ。この原稿を書いている10月14日現在、前述のテンセントスポーツがNBA中継を一部再開したものの、双方の姿勢に大きな変化はない。NBAは依然として「言論の自由」の原則を守り抜こうとする構えで、中国におけるNBA騒動は簡単に収まらない。

しかし、4日間にわたる双方の言動、特に中国側の異常ともいうべき激しい言動からは、今後の米中関係の成り行き、ひいては中国と国際社会の関係の行く末をうかがわせるいくつか重要なヒントを得ることができる。

まず、今の中国という国はことさら「国家の主権」や「民族の尊厳」などについて、一種の病的な心理状態に陥っている。

今回の発端はただの1件のツイートである。モーリーという一私人のただの1件のツイートに対して、中国のバスケットボール協会や在ヒューストン中国総領事館、そしてCCTVまでがいっせいに動き出して厳しく対処したのは、どう考えても過剰反応だろう。

モーリーによるツイート削除・釈明とNBAによる「降伏声明」発表の後も、中国側は依然として事態拡大の方向へ動いた。そしてNBA責任者のシルバーが「言論の自由擁護」発言を行うと、中国国内ではそれこそ「火山の大爆発」、官民を挙げた怒涛の批判キャンペーンが始まり、CCTVから民間企業までがNBAとの業務提携を中止するという前代未聞の事態になった。

かんしゃく国家の「カルト信仰」

中国に進出して30年。NBAは中国の各メディアや多くの民間企業と長期間にわたり、広範囲のビジネス上の関係を構築してきた。中国国内ではNBAの試合の視聴者は5億人、NBAファンは1億5000万人もいると言う。しかし今、中国側は1件のツイートに端を発して、わずか数日間でNBAとの長年の協力関係を一気に壊そうとしている。

中国側の対応はいかにも乱暴で理不尽だが、彼らにも当然理由はある。彼らからすれば、「国家の主権と民族の尊厳を守る」ことこそは絶対的な大義だ。

しかし誰の目から見ても、NBA側には微塵も中国人の民族の尊厳を冒す考えも、中国の主権を侵す意図もない。それなのに、ただ1件のツイートに中国側はあれほどかんしゃくを起こしてしまった。その意味するところはすなわち、「国家主権」や「民族尊厳」の類のものはまるで狂信的なカルト集団の信仰のように中国社会を支配し、一種の全体主義的な同調圧力の下で中国人の心と行動を支配している、ということである。

中国が持つこのような異質性は、この国と付き合おうとするアメリカの企業や人々にとって厄介な問題、大きなリスクであろう。そしてそれは、アメリカだけでなく、日本を含めた国際社会にとって大問題でもある。われわれは一体どうすれば、この異様な「かんしゃく国家」と普通に付き合えるのだろうか。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story