コラム

沖縄米兵暴行事件、直後の実感

2012年10月17日(水)12時30分

 大変な事件が起きてしまいました。沖縄県警は16日、成人女性を暴行しケガを負わせたとして、集団女性暴行致傷容疑で米兵2名を逮捕しています。容疑は16日の未明に飲酒の上、共謀して本島中部の屋外で女性を暴行し、首に「擦過傷」を負わせた疑いで、容疑者らと女性に面識はなく、帰宅途中だった女性に突然襲いかかったというのです。

 アメリカはちょうど、「ロムニー対オバマ」の第2回TV討論の直前ということで、TVニュースのトップはそちらですが、この沖縄の事件に関しても報じられています。例えばCBSのラジオニュースでは「17年前の少女暴行事件を想起させる深刻な事態。批判の多いオスプレイ配備のタイミングとも重なり困難な局面へ」というような内容で、元沖縄駐在の海兵隊軍事法廷の判事であった人物(勿論、アメリカの軍OB)が証言していました。

 この事件ですが、容疑者の責任を追求するだけでなく、もっと本質的な問題に掘り下げて断罪がされる必要を感じます。まず軍紀の弛緩という問題、つまり「どうして自分たち米軍が極東の島に駐留しているのか」という意義が末端まで緊張感をもって伝わっていないのではないか、という可能性を感じます。

 また、深夜に1人で歩いている初対面の女性に暴力を平気で振えるという背景には、女性への蔑視、あるいは人種的な蔑視というものがあるのではないかと思います。例えば、アジアの女性は従順だろうとか、怖くて泣き寝入りするだろうという種類のものがある可能性があります。それ以前の問題として、アメリカの社会では深夜に泥酔して公道を歩くというのは、犯罪であるかまたは保護矯正の対象になる行為です。沖縄ならそういうことが平気でできるというのは、そこに他文化圏への侮蔑感があるように思われます。

 そうではあるのですが、1つ提案したのは、こうした事件のたびに「米軍を危険物にように敵視するのが沖縄のプライドだ」というような報道がされ、そうした報道の期待感に合わせて現地からの言動が流れるというのは、何とかならないものかと思うのです。

 それは、こうした種類の事件が起きて沖縄の米軍への忌避感情が増加するということは、安全保障のバランスの上では、中国を利することになるからです。それは、米軍が沖縄でのプレゼンスを減らしていかねばならないようであれば、結果的に西太平洋での軍事バランスを中国に寄せることができるから「だけ」ではありません。

 仮に米軍のプレゼンスが減って、そこへ「自主防衛」ということで日本の自衛隊が入ってくるようですと、中国としては末端まで士気を高めることができることになります。また、この地域での緊張を高めることに世論の後押しが期待できる、中国の軍部はそうした点まで考えていると思われます。「憎い日本の軍国主義」が出てきてもらったほうが、何かと都合がいいというわけです。

 そうなれば、結果的に沖縄を巡る安全保障の環境は悪化する方向になるのではないでしょうか。

 では、どうすれば良いのでしょうか?

 沖縄の人々は、過去200年以上にわたって、主として良い意味での「受け身」の外交を行って来ました。清朝と薩摩藩への両属の時期があったこと、浦賀来航の以前にペリー率いる米海軍艦隊を歓迎したこと、明治維新政府による編入を受け入れたことなど、沖縄の運命に関わる様々なターニングポイントでの決断は「受け身」でした。ですが、沖縄は一貫して自ら戦火を望んだことはないし、戦後の祖国復帰運動に象徴されるように日本への帰属ということになれば、そこにブレはなかったのです。いわば、静かな精神性がそこには感じられます。

 その沖縄は、今こそ、その「静かな精神性」をベースに「主体的なメッセージ発信」を始めてもいいのではないのでしょうか? その手始めに弛緩した米軍に対して、精神的な喝を入れると共に、沖縄のソフトパワーで駐留米軍が「ダークサイドに行かないよう」善導する、その上で米軍のプレゼンスが真の意味で「安全を保障」するようにこの地域での緊張を緩和するような行動ができないものでしょうか?

 そして、その沖縄の凛として立ち上がった姿が、中国に対しても「いい加減に民意の洗礼を受けない政府は止めるべきであり、内部の政争の調整弁にナショナリズムを使うのも止めるべきであり、経済活動の全てについて国際ルールに従うべきであり」最後に「西太平洋の制海権を狙うような野心は放棄すべきだ」ということを胸を張って主張していくようになれば、そんなことを考えてしまうのです。

 これは、部外者の無責任な言動だと思われるかもしれません。ですが、中国との軍事バランスが益々クリティカルになって来ている現状下で、惰性的に「米軍は悪者、間に入った東京の政府も悪者」という胸の張り方を続けても、中長期的に本当に沖縄の安全と幸福、そして真のプライドが保全できるのか、勿論、今回の事件は許しがたいものではあるのですが、考えてみてもいのではないでしょうか?

 敢えて申し上げますが「出て行け」とか「危険物だ」というスタンスではなく、共にこの地域の安全を維持するパートナーとして「暴力事件の背後には軍規の弛緩がないか? 女性蔑視はないか? アジア人への蔑視はないか?」と徹底的に追求し、在沖米軍の精神的再生の手助けをする、沖縄の「静かな精神性」にはそれが可能だと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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