コラム

パリを覆う反差別デモと大暴動──フランス版BLMはなぜ生まれたか

2023年07月03日(月)14時35分
デモ隊と警官隊の衝突

デモ隊と警官隊の衝突現場(6月28日、仏ナンテール) Stephanie Lecocq-REUTERS

<この騒乱の原動力は「差別反対」だけではない>


・フランスでは17歳のアラブ系の少年が警官に銃殺されたことをきっかけに、全土で抗議デモと暴動が拡大している。

・その背景には、警察の発砲による死者の多くがアラブ系や黒人であることへの不信感だけでなく、経済的不満もある。

・暴動と略奪のエスカレートは、反移民を掲げる極右をこれまで以上に活性化させるきっかけにもなりかねない。

反差別デモが暴徒化

フランスでは大規模なデモが暴徒化し、30日までの3日間で600人以上が逮捕される事態に至った。

デモと暴動はパリをはじめ各地に広がり、自動車が放火されたり、商店のショーウィンドウが破壊されたりすることも増えている。そのためフランス警察は4万人を動員し、一部で催涙弾なども用いて鎮圧に当たっている。

エリザベス・ボルヌ首相は「あらゆる手段を用いる」と述べており、緊急事態宣言の発動も示唆した。

この騒乱の発端は6月27日、パリ(編集部注:郊外のナンテール)で17歳の少年ナヘル.M(未成年のため姓は発表されていない)が警察官に射殺されたことだった。ナヘルはいくつかの交通違反によって警官に止められた後、自動車の運転席で銃殺された。

当初、警察は「警官に止められた少年が自動車を動かし、警官をひこうとした」と発表して発砲を正当化した。しかし、SNSで拡散した動画などでは、確かに止められていた少年が自動車を動かそうとしていたものの、警官は自動車の横から運転席わきの窓越しに(つまりひかれるはずがない位置から)至近距離で胸部を(つまり致命傷になる部分を)いきなり発砲したことが判明した。

この虚偽の発表に加えて、銃殺されたナヘルがアルジェリア系とモロッコ系の両親をもつアラブ系だったことで、警察の対応が差別的という反発を爆発させたのだ。

フランスの「構造的差別」

もともとフランスでは、警官による有色人種の容疑者への発砲が議論の的になっていた。その背景には、不審とみなされたドライバーに対する発砲の急増がある。

マクロン大統領が就任した2017年の法改正により、それまでより警官による発砲の基準が緩和された。その結果、2016年に137件だった自動車に対する警官の発砲件数が2017年には202件に急増し、その後も年間150件前後で推移してきた。

それによって昨年は13人が死亡しており、ナヘルの件は今年に入ってから3例目だった。

ロイター通信によると、死者のほとんどは黒人かアラブ系だ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ戦争後の平和確保に協力とトランプ氏、プー

ビジネス

中国、TikTok巡る合意承認したもよう=トランプ

ワールド

米政権がクックFRB理事解任巡り最高裁へ上告、下級

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、FRBの慎重姿勢で広範に買
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story