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イギリス離脱後のEUで、なぜ「英語公用語論」が逆に強まったのか?...「英語が止まらない」ポーランドとEUの舞台裏

2025年09月03日(水)11時10分
貞包和寛(大妻女子大学家政学部専任講師)
欧州議会のルイーズ・ワイス棟(フランス・ストラスブール)

欧州議会のルイーズ・ワイス棟(フランス・ストラスブール) you_littleswine-Pixabay


<日本でも古くからたびたび議論になってきた「英語公用語論」だが、ヨーロッパでは?──『アステイオン』102号より「流行としての英語、ツールとしての英語──ポーランドとEUの事例」を転載>


現在の世界において英語が事実上の共通語として使用されているということは認めざるを得ない。この現状に対する意見はさまざまであろうが、いずれにせよ、英語との付き合い方は個人の好みの問題を超えて、国家の政策においても無視できないものとなっている。

日本では、観光地での多言語対応や英語教育、カタカナ語の氾濫といった形でこうした議論が立ち上がることが多いのだが、日本以外の場所ではどうであろうか。ここでは、筆者がこれまでに研究したポーランドと欧州連合の事例を見ながら、英語との付き合い方を考えてみたい。

まずはポーランドの事例を見ていく。以下にポーランド語の単語を示すときは、角括弧[ ]には発音を、カギ括弧「 」には意味を示す。

ポーランドはポーランド語を公用語としている。ポーランド語は言語系統的にはスラヴ語派に属し、ロシア語などとはいわば親戚筋である。

かつてポーランドは社会主義国であったことを踏まえると、ポーランド語にはロシア語からの外来語が多数あるのではと思われるが、実際にはロシア語由来の単語や表現は格別に多いわけではない。

歴史的に見ると、ポーランド語の語彙に決定的な影響を与えてきたのはラテン語とドイツ語である。しかし民主化から30年以上の時がたった現在、英語がその位置を占めつつある。

近年の英語からの外来語としてもっとも象徴的なものはgooglować[ググロヴァチ]「グーグルで検索する」やsmartfon[スマルトフォン]「スマートフォン」といった単語であろう。前者にはポーランド語の接尾辞-owaćが付いており、後者には綴り字の変化が起きていることから、これらはいわば「ポーランド語化」された外来語と言える。

ところが、ポーランド語は英語と同じくラテン文字(ローマ字)で綴るので、sweet home やfast foodやeye linerなど、一見すると英語と区別のつかない(というより、英語そのものの)外来語も少なくない。

余談ながら、筆者がポーランド留学中に現地の書店に立ち寄ると、表紙にkukbukと書かれた雑誌があった。見たこともない単語である。ククブクと読むのだろうか......。怪しがりつつ寄って見ると、それは料理雑誌だった。英語のcookbookのポーランド語風の綴りだったのである。

他にも、ビジネス、ファッション、ポップカルチャーといった分野で英語からの外来語が多く使用されるという傾向がある。英語由来の外来語が流行と結びつきやすい点は日本と似ている。

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