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イギリス離脱後のEUで、なぜ「英語公用語論」が逆に強まったのか?...「英語が止まらない」ポーランドとEUの舞台裏

2025年09月03日(水)11時10分
貞包和寛(大妻女子大学家政学部専任講師)

1951年にEUの前身である欧州石炭鉄鋼共同体が発足したが、当時は加盟6カ国(西ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)で4言語を公用語としていた(ドイツ語、フランス語、イタリア語、オランダ語)。とはいえ、当時はフランス語が共通語として機能していた。

英語がヨーロッパ統合のプロセスに本格的に入ってくるのは比較的遅く、イギリスとアイルランドが加盟した1973年の第一次拡大のときである。その後に加盟国が増加し、公用語も併せて増加した。

公用語平等主義は次第に難しくなり、実務上は英語を使う流れが強化された。皮肉なことに、EU公用語が多様化していくにつれて、英語への一極集中が強まったのである。

ここで問題となるのが2020年のイギリスのEU離脱(ブレグジット)である。当時、英語をEU公用語として申請していたのはイギリスだけであった。アイルランドとマルタも英語を自国の公用語としているが、前者はアイルランド語を、後者はマルタ語をEU公用語としている。

よって、イギリスがEUから離脱すると、英語がEU公用語である基盤がなくなる。この事実を考えると、ブレグジットによって英語一極集中の状況が変化し、フランス語やドイツ語などへの「回帰」が生じるのではと考えたくなるのだが、実際には逆のことが起きた。

「今こそ英語をEUの唯一の公用語にすべき」という主張がブレグジット後に強まったのである。

「EUの公用語を英語のみにすべき」とする考え方は90年代からあったが、ブレグジット以前にはそれほど強い主張ではなかった。なぜなら、英語の優位を認めることは暗にイギリスへの譲歩になるからである。

これは大げさな言い回しではない。ヨーロッパ諸国の多くは国家形成の基盤に「言語」を置いてきた。同じ言語を話すことが「国民」という仲間意識を作り出す根拠とされてきたのである。

言い換えれば、言語とナショナリズムの結びつきが強い。EUの公用語平等主義は、こうした「言語を通じたナショナリズム」の調整のために機能してきたという側面がある。いずれにせよ、言語と国の威信がつながりやすい文脈では、他国の公用語の優位性を明言するメリットは何もない。

この状況がブレグジットによって変化した。イギリスが離脱したのであれば、英語の優位性を強調してもイギリスの利益になることはない。

EUの中ではアイルランドとマルタも英語圏ではあるのだが、先ほど書いたように、どちらも英語をEU公用語としていない。よって、この二国を利することにもならない。

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