アステイオン

座談会

アメリカが「世界の警察官」をやめる転換点は、いつだったのか?

2025年07月02日(水)11時00分
池内 恵+廣瀬陽子+森 聡+北岡伸一(構成:石本凌也)
アメリカ国旗

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<アメリカの内向き姿勢、武力行使の自制傾向...国際秩序への態度の変化について。『アステイオン』102号──「自由主義国際秩序の再建と日本の役割」より3回に分けて転載。本編は中編>


2021年から2024年9月まで行われた「自由主義国際秩序の再建と日本の役割」研究会を振り返り、メンバーの廣瀬陽子・慶應義塾大学総合政策学部教授と森聡・慶應義塾大学法学部教授、ゲストの池内恵・東京大学先端科学技術研究センター教授に本研究会主査の北岡伸一・国際協力機構顧問が聞く(座談会開催は本年1月19日)。

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※前編:ウクライナ・中東・アメリカ...「リベラルな国際秩序」の危機と再構築をめぐる対話 から続く

アメリカの動向

北岡 それではアメリカの見方や考え方については、森先生、いかがでしょうか?

 ウクライナ戦争とガザに共通するのは、アメリカが本格的な武力介入を自制している点です。戦争開始後、エスカレーション回避に徹する姿勢が非常に顕著です。このような対外姿勢は、2008年のグローバル金融危機後のオバマ政権が発足した頃から前面化しています。

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冷戦終結後に、アメリカが国際秩序を主導し支配的な地位を維持すべきだというリベラル国際主義の考え方に立ったイデオロギー、つまり圧倒的な力を背景にコスト度外視で行動したことへの反動といえます。

アメリカの海外での武力行使は、9.11同時多発テロを受けて、世界規模で「対テロ戦争」を進め、イラク戦争で1つの頂点を迎えました。しかし、イラクの体制転換を目的とした武力介入が長期化するなかで、国内では厭戦ムードだけではなく、「世界に関わることに対する疲れ」が徐々に強まっていったのです。

そこに2008年のリーマンショックが来て、国内経済と社会を立て直さなければならないなか、海外での軍事力の使い方を見直すべきという考えが国内で強まっていきます。こうした内向きの姿勢は当時の世論調査にもはっきり出ています。

「アメリカは世界の警察官ではない」と言ったオバマは、こうした社会状況の中で政権を運営し、これが2014年のロシアによるクリミアの不法な併合とウクライナ東部への干渉の大きな背景を成すことになりました。

北岡 それは中長期的なトレンドですね。

 しかし、マクロ経済が改善しても実質賃金は上がらず、人々が生活水準の向上を実感できない状態が続いたため、この内向き姿勢が固定化されるようになりました。アメリカによる武力行使の自制傾向は、中東政策で顕著に表れています。2011年3月のリビア空爆では「背後からリードする」と言いました。

しかし、2013年9月にシリアのアサド政権が化学兵器を使用した際には、「レッドライン」と事前に警告していたにもかかわらず、オバマは直ちに軍事行動を取らず、判断を議会に委ねました。議会での審議中に、ロシアがシリアの化学兵器を引き取ると提案し、オバマがその提案を受け入れました。

本来、レッドラインは相手が一線を越えた場合に武力行使を行うことで抑止力を示すものです。しかし、アサドがレッドラインを越えたにもかかわらず報復しなかったことで、アメリカの軍事介入への消極姿勢が明らかになりました。

この対応を見たプーチンは、アメリカが地域紛争に軍事介入を行う意思はないと判断し、それが2014年のクリミア併合につながったという見方もありますよね、廣瀬先生。

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