アステイオン

座談会

アメリカが「世界の警察官」をやめる転換点は、いつだったのか?

2025年07月02日(水)11時00分
池内 恵+廣瀬陽子+森 聡+北岡伸一(構成:石本凌也)

 トランプ政権の最大の特徴は、脱価値的な対外認識、つまりグローバリズムないしリベラル国際主義の正統性の否定です。

従来は「同盟を通じた大規模地域紛争の抑止」「多国間交渉を通じた貿易自由化」「民主主義・法の支配・人権といった価値の普及」という3つの柱を推進する「リベラル国際主義」が対外関与の基本路線でした。

しかし、これがアメリカの国力を消耗し、不利益を被る結果を招いたと認識され、トランプ政権によって力と利益を重視する対外関係の再編が進められようとしています。その根底には、アメリカの平和と繁栄は、他国の平和と繁栄から切り離して存立しうるという一国主義の考え方があります。しかし、それではポスト冷戦期にアメリカが追求してきたリベラル覇権秩序とその階層性は崩れます。

アメリカ一強の階層的秩序の下では、アメリカは自国が重視する国内統治と対外行動の規範やルールを共有していた市場経済型のリベラルデモクラシーの高位の同盟国とは信頼に基づくルールに沿った関係を、次に国内統治の規範は共有しないけれども、対外行動の規範は一部共有する中位の国々とは利益に基づく取引の関係を取り結び、3つ目に国内統治・対外行動の両方の規範に反する低位の「ならず者国家」とは力に基づく威嚇・強制の応酬を行っていました。

トランプが脱価値的な外交を進めることで、価値を共有する同盟国の特別待遇がなくなり、価値を共有しない中国やロシアとの取引では、トランプの一国主義的な損得勘定次第で、価値を共有している国の利益を犠牲にする可能性が出てきます。

また、「ならず者国家」とされてきた格下の北朝鮮とイランには圧力をかけつつ、アメリカに有利なディールを目指す可能性もあります。これによりアメリカの価値を基準にした階層的な国際秩序が崩れ、力と利益に基づく秩序へと再編されていく可能性があります。

どの国がよい結果を得て、どの国が不利益を被るかはこれから見極めていく必要がありますが、トランプが開いた新たな国際政治の局面のインパクトは大きいと思います。

北岡 やはりこれも中長期的な文脈でとらえなければなりませんね。


※後編:「日本には現場力がある」...多極化する世界の中で、日本が進むべき道とは? に続く

構成:石本凌也(北海道教育大学教育学部函館校講師)


池内 恵(Satoshi Ikeuchi)
1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。国際日本文化研究センター准教授などを経て、東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は中東研究。著書に『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、サントリー学芸賞)など多数。

廣瀬陽子(Yoko Hirose)
1972年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。政策・メディア博士(慶應義塾大学)。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。著書に『ハイブリッド戦争──ロシアの新しい国家戦略』(講談社現代新書)など多数。

森 聡(Satoru Mori)
1972年生まれ。京都大学法学部卒。外務省を経て、東京大学大学院法学政治学研究科で博士号取得。法政大学法学部教授などを経て、慶應義塾大学法学部教授。専門は現代アメリカの外交・防衛。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(東京大学出版会)など。

北岡伸一(Shinichi Kitaoka)
1948年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。専門は日本政治外交史。東京大学教授、国連大使、国際協力機構〔JICA〕理事長を経て現在、国際協力機構顧問。著書に『清沢洌──日米関係への洞察』(中公新書、サントリー学芸賞)など多数。


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